歴史感じる不動寺の道。
不動寺(普門院)の特徴
近くには道慶地藏の別当寺があり、歴史を感じられます。
横浜大空襲の日には、お地蔵様に花が多く供えられていました。
黄金町駅から徒歩圏内でアクセスが便利です。
この辺りではよくある、関東大震災で全壊。横浜大空襲で全焼を経験している寺院だ。今は1968年に完成した鉄筋コンクリートの本堂である。すぐ後ろが関東学園で、通学路があるため下校の時間帯は賑やかである。
階段まで登ったが何故か躊躇し山門には入れなかった理由は解らぬが来るなと言う事だろうな( ・ิω・ิ)スピリチュアル♪
近くの道慶地藏の別当寺。真言宗、御朱印書き置きで拝受可能。
2023/5/4高野山 真言宗 福智山 不動寺 普門院普門院の創建年代は不詳、かつては近くの東福寺境内にあったといわれ、享保年間(1716年〜1735年)に中興した。大正12年の関東大震災に焦土と化し、昭和20年5月29日の横浜大空襲にも焼失した。昭和43年10月27日、鉄筋コンクリート造の本堂が落慶した。さて此処に来た目的は一つ、「几号」のマークがある石像を見るため。几号は、明治前期に導入されたイギリス式の「水準点」の表示方式。水準点となるような安定して不朽の物体(脊柱/石像等)に彫られるマークは「不」(三本足の作業台=BenchMarkと呼ぶ) の形になる。境内には庚申塔が有り、その台座には確かにマークが有る。一説では、この庚申塔は元は黄金町駅近くの栄橋辺りに立っていたらしい。当時は、庚申塔は動かず壊れないもの、と認識していたようだ。確かに多くの石塔を見ても、台座はあまり朽ちない。実際は、台座の下が崩れたり、特に都市部のものは開発都合で台座ごと動かされてしまう。几号式の水準点は、今は使われず移動されても実害は無いが、残り少ない貴重な史跡だ。石塔のこの小さなマークに最初に気づいた人に感謝。
模試で近くを通りました。ただ通っただけですが挨拶を頂きました。また、裏の墓地も数人のお寺の方か檀家さんかわかりませんが丁寧に掃除をしていて、今でもこういうお寺があるものだなぁと感心いたしました。
石仏台座、几号水準点あり。
住職さんの代が変わり、今後に期待しています。
横浜大空襲の日は、お地蔵様にいつも以上に花が供えられていました。
関学のうるさい、生徒が、通るが、寺は静か。
| 名前 |
不動寺(普門院) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-231-6522 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
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