矢坪坂の合戦ゆかりの神社。
丹勢神社の特徴
矢坪坂の合戦と深い関係がある神社です。
書による紹介文が魅力的で興味をそそります。
歴史的背景を感じることができる場所です。
【矢坪坂の合戦に関連ありとも言われている】
| 名前 |
丹勢神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/8058 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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書によるこの神社の紹介文を調べてみる。__________❹【参考 甲斐国志・古跡部 1814年】箭壷坂 大野村犬目、野田尻、両駅の間の坂上に村落あり、「へびき新田」という、坂下はすなわち「箭壷村」なり、この間、路(みち)はなはだ険にして往来に難や〆(占め)り中にも路線の巌下に屈曲した谷深き所を「ざとうごろがし」と云い、むかし盲人、ここを過ぎて深い谷に転落死したる事ありしゆえに、名とす、今は路傍に垣を結び衛護(えいご)のそなえとす、一所は50間、一所は72間、「勝山記」にいわく、享禄3年卯月(4月)23日、箭壷坂にて、越中殿(小山田氏)と氏縄(北条)と御合戦これあり、打ち負け吉田衆、打ち死にいたしそうろうという、軍勢権現、丹誠権現あり、何神たる事、つまびらかならず、おもうに、戦争の時祭し神なるべし____________❸【参考 甲斐国志 1814年】丹勢権現(1814年の書による)ヘビキ新田にあり、産神、除地3畝歩以上、神主、皆なおなじ___________❷【参考 北都留郡誌 1973年】大正6年5月30日 字新田 丹勢社を 合併したと犬目村大野字谷後の諏訪神社にある。_______❶【参考 上野原町誌 1975年】丹勢神社[鎮座地] 大野5796番地(新田)[祭神] 経津主命(ふつぬしのみこと・武の神・香取神宮の神)