湖底の故郷を思う碑。
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| 名前 |
望郷之碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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「ダム湖に沈んだ村の村民らが湖の底に沈んだ故郷を思って建てた碑、その他に世附の百万遍念仏に関する碑や水害を防ぐとされる水神様の碑や遭難者の供養塔などもある。」1974年建立、眼前に広がる湖はその昔「世附(よづく)」という集落がありそこの村民らによってこの碑は建てられました。1971年から1978年にかけて行われた三保ダム工事は神奈川県の水不足を解消すべく建設されたダムで、それに伴いダム湖が形成するにあたりそこにあった世附を含め五つの集落を有する三保村が湖底に沈むこととなりました。(神奈川県は村民らに最大限の補償と説明を行ったことにより大きな反対運動は起こらずスムーズに進んだそうです。)水没移住者は1026名、水没世帯計223世帯、うち世附は101世帯でした。建てられている記念碑にはこの世附に住んでいた方のお名前が刻まれています。その他複数の碑があり「世附の百万遍念仏(よづくのひゃくまんべんねんぶつ)発祥の碑」世附の百万遍念仏と呼ばれるかつて世附にあった能安寺に伝わる行事でそれは巨大な滑車に大数珠を掛けて回転させ念仏を唱えるという珍しいものであり現在も移転した能安寺にて毎年2月中旬に行われている。「水神様の碑」水神様は水害が多い地域に建立される碑でおそらく1972年7月12日にこの地で6名もの犠牲者を出した「昭和47年7月豪雨」に伴い建立されたものではないか?と思われます。「供養塔」こちらは遭難して亡くなれた方3名のお名前が刻まれています。いずれも戦後間もない1946年・1951年・1953年の年月が刻まれており登山もしくはなんらかの事故でお亡くなりになったかと思われます。