歴史の証人、敦賀の隠れた魅力。
ソビエト連邦領事館跡地の特徴
ソ連が存在した証が残る歴史的な石碑が印象的です。
限られた証拠ながら、当時の雰囲気を感じることができます。
意外性を秘めた歴史の証人として、見どころがたくさんあります。
古より敦賀は博多と並んで国際貿易の拠点であり、平安時代には渤海使を招く松原客館が置かれ、江戸時代には北前船で賑わっていた敦賀。明治35(1902)年、ウラジオ(浦塩斯徳)との間に国際航路が結ばれた。帝政ロシア滅亡後にソビエト連邦が成立し、領事館を設置して査証発給などの業務に追われていたことだろう。※クチコミが消えたため再投稿。
商店街にひっそりとありました去年見つけたんですが、今更投稿。
当時を物語るものは石碑だけですが意外な歴史の証人です。
名称だけは大層なモノですが跡形はありません。戦前はシベリア鉄道を通じ欧州へ向かう大陸の玄関口として機能してきた敦賀港領事館もビザ発券に伴う大陸への初めの一歩の場所でした。
| 名前 |
ソビエト連邦領事館跡地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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1925(大正14)年、日ソ基本条約締結に伴い日本とソビエトの間で国交が成立し、7月に領事が敦賀に着任しました。初めは蓬莱町の民家を借り受けて開庁したそうですが、翌年松栄海岸沿いに庁舎を新築したそうです。この地に移転してきたのは大戦中の1943(昭和18)年のこと。ところが、この頃に日ソ関係は悪化し、翌年には閉鎖されました。戦後は連合国に接収されて将校の宿舎となり、1947年には日本に変換されて敦賀商工会議所になるも、老朽化により解体されました。今は石碑が遺るのみです。