名工左甚五郎の龍彫刻を体感。
山田神社の特徴
名工左甚五郎の刻んだ本殿の彫刻が圧巻です。
拝殿上部の竜と堀の跡が今も残っています。
龍の彫刻から歴史を感じる神社の雰囲気です。
龍の彫刻は素晴らしいです。
| 名前 |
山田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-tochigi/jsearch3tochigi.php?jinjya=75685 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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名工左甚五郎の刻んだと伝はる本殿のご神体壁面の彫刻は近年、不逞の輩に持ち去られてしまいましたが、拝殿上部の竜と境内の西に彼が掘ったと伝わる堀の跡が今も残っています。ご維新の神仏分離•廃仏毀釈によって幕末まで此の地に鎮座していたという「愛宕大権現」の神宮寺は廃されてしまいましたが、その折、村社山田神社と改称され、今に至って「権現様」と称されつつ、火伏せ、疫病除けの権能あらたかなりと僅かに信を繋いでおります。至徳年間1384~87に当地を開拓したという小山氏の家臣たる大塚氏の氏神として創建された推定されます。ご維新の時に神仏分離で愛宕大権現は廃寺となり、地名をとって山田神社と改称されました。維新前は2898坪の広大な神域を有していたと伝わります。主祭神:迦遇突智命 境内社:稲荷神社・日枝神社・須賀神社・神明宮・千勝神社例祭:11月19日*『下野神社沿革誌』明治三十六年1902 4巻31丁「下都賀郡桑村大字東山田鎭座 村社山田神社 祭神火產靈命 建物本社間口四尺奥行四尺五寸 拜殿間口三間奥行九尺 末社五社 氏子十三戸 本社創立不詳 徃時は愛宕大權現と稱せしか明治維新後山田神社と改稱す 社域二千八百五十四坪字西に鎭す」とあります。