羽置庄の歴史を感じる。
| 名前 |
二宮神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/intro/search/detail/8114 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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書にて「二宮神社」をしらべてみますこの地はかつて「羽置庄(はおきのしょう)」と呼ばれ、のちに「西原村(さいはらむら)」と称されるようになりました。古い記録には「才ヶ原(さいがはら)」とも記されています。大昔、この場所が都留郡の西側に位置していたことから、その名が付いたといわれています。(都留郡誌・1973年)甲斐国志の一之宮明神に書かれていましたが、此の地は武田信玄の親族にあたる「西原武田家」の一族の住む場所であったようです。その一族が西原村を治めるにあたって、代々守護神として祀った神社であるといいます。西にある一ノ宮、ここの二ノ宮と、建物も自分たちで立てたようです。___________❷【参考 甲斐国志 1814年】二宮明神 西原村二宮明神は、西原村の「初度(はじど)組」にあります。お祀りしている神様は大己貴命(おおなむちのみこと)で、ご神体は十一面観音像が鋳込まれた掛け鏡です。神社の敷地は縦約18メートル(10間)、横約22メートル(12間)で、年貢が免除された土地です。また、2斗4升6合(約44リットル分)の収穫が見込める神社の領地を持っていました。祭禮は正月20日。祠官 長田雅楽之丞この神社は、初度・藤尾・上平の三つの村の産土神(守り神)として信仰されています。お祭りは毎年1月20日に行われ、当時の神主は長田雅楽之丞(おさだ うたのじょう)が務めていました。___________❶【参考 上野原誌 1975年】二宮神社創建年月 不詳である。西原村役場にある「二宮神社由緒書」には下記のようなことがかかれている。応永2年(1395年)当郷開発がはじまる。元亀4年(1573年)二宮大明神 此処鎮座する。火事により其の棟札を焼いてしまう。その後当社再建の棟札2枚あるのだけど、文字が消えて読むのが難しい。棟札 元文3年(1732年)二宮大明神とある。棟札 享保6年11月8日 二之宮大明神とある。[鎮座地] 西原1,594番地(藤尾)[祭神] 大國主命(おおくにぬしのみこと・出雲大社の神)[御神体] えびす(金製)[祭日] 9月15日。