旧岩美鉱山跡を巡る独自の旅。
旧岩美鉱山抗排水処理施設の特徴
電話予約で旧岩見鉱山が案内され、特別な体験ができます。
約50年前に廃坑となった銅鉱山の排水処理が行われています。
山陰海岸ジオパークの遺構で、歴史的な魅力がある場所です。
約50年前に廃坑になった銅鉱山の排水処理をされている施設です。山陰海岸ジオパークのジオサイトの一つです。約200mの坑道は、こちらの管理をされていえる「岩美町鉱害防止協会」さんに予約すると、ご案内くださるようです。地下水や雨水がしみて鉱山を通る水がある限り、ずっと処理し続けなければならないとのこと。安全性など詳細に職員さんが教えてくださいました。奈良時代から奈良大仏の一部になっていたかもしれないという銅山。ずっと日本の産業を支えてきた鉱山の陰陽を垣間見ることができ、エネルギーや産業について考えるきっかけになりました。
旧岩美鉱山跡山陰海岸ジオパークの遺構の一部ですが、あまり知られていません。坑道をしっかり整備して入館料を取ってっと思いますが、整備費用を考えると難しいのでしょうね。和同年間(710年頃)、元明天皇に銅を献上したと伝えられています。日本でも最古級の鉱山で、坑道の総延長は29.2km。閉山後も、強酸性の地下水が流れ出ており、そのまま河川へ流出すると農業や川魚への影響があるため、中和作業を行い無害化して河川へ放出し堆積物はリサイクルされているようです。現在は事前予約することで、坑道の一部と処理施設を見学できます。普段履き坑道は封鎖されていますが、中から風が出ているのを感じれて、常時14度位で涼しいです。なお、風は鉱物の匂いがしますので苦手な人はご注意を。県の資料によると大正12年久原鉱業(株)が鉱業権を取得し、鉱石の採取を行う。昭和4年久原鉱業(株)→日本鉱業(株)に社名変更。昭和18年鳥取大震災により鉱泥堆積場かん止堤が決壊し、土石流となって流出し、65名の犠牲者を出す。昭和32年日本鉱業(株)が操業を中止。中国鉱山(株)へ鉱業権を譲渡。昭和33年採取鉱掘終了。事業休止。昭和46年中国鉱山(株)が鉱業権を放棄。消滅。昭和47年知事と中国鉱山(株)社長が覚書を締結。県が事業主体となり、岩美町に施設管理を委託。昭和46年に最終鉱業権者(中国鉱山(株))が鉱業権を放棄したことに伴い、旧岩美鉱山は鉱害防止義務者不存在鉱山となった。本坑坑口からは常時pH3.3程度の酸性で、重金属(銅、鉄等)を含む坑排水が流出(約1.08m3/分:H26年度実績値)している。このため、昭和47年から消石灰による中和処理を県が事業主体となり、岩美町に委託して実施しているようです。
| 名前 |
旧岩美鉱山抗排水処理施設 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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電話で予約を行い旧岩見鉱山を案内して頂きました。主な所はコンクリートでおおわれていますが、一番奥等で当時の姿を見ることができます。廃鉱後も鉱山から酸性の水が出て、そのままでは河川の環境等に影響が出るために中和されているとのことでした。少しずつ鉱山からの水の酸性は減少しているが、完全に影響がなくなるには後2~300年くらい必要との事でした。ここで初めて稼働中のシックナーを見ることができました。分離した残土を再利用される企業があることもお聞きして、勉強になりました。忙しい中案内、説明していただきありがたかったです。