禹之瀬に広がる落ち着きの景色。
七面宮の特徴
蹴裂きの伝説が息づく、特別な歴史を誇る地です。
富士川や禹之瀬の美しい景色が魅力的です。
妙法山相延寺内に位置する七面堂は必見です。
スポンサードリンク
実に落ち着いた雰囲気のある場所で、蹴裂きの伝説の地である禹之瀬と富士川を見下ろす景色が楽しめます。
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
七面宮 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
❶【参考 県歴史の道調査報告書山梨第19集 1991年】法師倉の七面堂妙法山相延寺境内に七面堂がある。ここは角倉了以(すみくらりょうい)の住居跡に建てられている。法師倉の人達の8割が海運関係の仕事をしていたので、身延七面山の七面天女を勧請して祀り、舟運の安全を祈願した、とある角倉了以は徳川家康と同時代の人で、京都の3大商家として有名である。又、徳川家康の命令により 自費により富士川の整備を行った結果、甲州鰍沢(こうしゅうかじかざわ)から駿州岩淵(すんしゅういわぶち)までの18里を舟によってわずか半日でつないだ。それまでは人力で背負子(しょいこ)を背負っての峠越えか、馬の背に荷駄を付けて、荷物を運ぶしか手段はなく、3日の時間を費やしたという。それを船をつかうことにより、半日に短縮したというのだから、当時としてもそれは驚かれただろうし評価もされただろう。特に甲州から駿州へは、年貢米を運び、駿河からは塩やほし魚をはこんだといわれている。_____________❷【参考 日宗龍華年表 新改訂増補版 1978年】角倉了以の住居跡地に七面堂がたっている、ということで、日蓮宗と関係を調べてみたら次の様にあった。近世宗門著名者一覧表に皇紀2274 角倉了以 慶長19年7月12日 61 経理家 京都邊山實報寺墓 とある。年数は亡くなった日を示し、61は年齢を示し、京都邊山實報寺墓を示す。日蓮宗の宗徒であったのであろう。おなじ京都3大商家の一つ茶屋四郎二郎の名も見える。