戦場の記憶、富士見の石碑。
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| 名前 |
彰忠碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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かつての戦争により、富士見のこの地も戦場であったことを今に伝える石碑が、ここ旧JA南畑支店敷地内に建立されていました。なお、旧JA南畑支店は旧南畑村役場跡にあるのですが、令和4(2022)年6月に他支店と統合の上、移転となりました。日露戦争(1904-05)で多くの戦没者が出ると、国内各地でその霊を慰め、従軍者を顕彰するための彰忠碑(忠魂碑等と呼称する場合もあり)が建立される様になったのだそうです。現在の富士見市域であった3村(水谷村・南畑村・鶴瀬村)でも時期は違えど、彰忠碑の建立が行われたそうで、こちらの彰忠碑は、大正7(1918)年の建立だそうです。しかし注意して碑の裏を覗くと、「昭和28(1953)年5月再建」とありました。追記:「富士見お散歩マップ」によると、こちらの彰忠碑では、日清戦争従軍者2名、日露戦争戦死者8名、日清・日露戦争従軍者14名等の名が刻まれているとの表記あり。参考資料:富士見市立難波田城資料館製作「展示図録・70年前に戦争があった ~富士見も戦場だった~」