田中正造翁ゆかりの地。
田中霊祠(田中正造翁分骨)の特徴
田中正造翁の遺徳を偲ぶ特別な分骨地がある。
県道9号沿いに位置し、アクセスの独自性がある。
歴史的偉人の墓所の一つで、訪れる価値がある。
東武日光線藤岡駅を最寄り駅、東北自動車道佐野藤岡インターチェンジを最寄りインターチェンジとする祠で、谷中村閉村反対者の一員である田中正造氏の遺骨を分骨埋葬している場所の1つです。田中正造氏は1913年(大正2年)9月4日に佐野市下羽田町に有る庭田清四郎宅において71歳(数え年では73歳)でその生涯に幕を降ろし、密葬(近親者のみが参列する葬儀形式)は館林市の雲竜寺で、本葬は佐野市の惣宗寺(通称:佐野厄除け大師)で行われ、後者は数万名が参列しました。田中正造氏の戒名は「峻徳院殿義巌徹藝大居士」です。
栃木市藤岡にある『 田中霊祠 』です。藤岡歴史民俗資料館から渡良瀬川沿いに車で走って数分のところにあります。田中正造翁の分骨を祀った唯一の神社です。田中正造翁は大正2年(1913年)9月4日に渡良瀬川河畔の庭田家で73歳の生涯を終えました。6日に雲竜寺(群馬県館林市)で密葬が行われ、佐野の富岡で荼毘に伏され、10月12日、春日岡山惣宗寺で本葬が行われました。本葬には数万の人が参列したといわれています。本葬後、谷中村も埋葬地のひとつに決まり、12月14日に旧谷中村高沙の嶋田熊吉邸に田中霊祠が建てられました。大正6年(1917年)、残留民6戸が渡良瀬川改修工事の土捨て場に移った際に、霊祠も現在の場所に奉遷されました。1957年には拝殿が完成、同年末には宗教法人として認可されました。
歩道がついてない県道9号沿いに入口がある。交通量が多い道なので突っ切って行くのが怖い。敷地の中は静かで神聖な雰囲気。
偉人 田中正造翁の墓所(6箇所に分骨して弔う)のうちの一つ。
| 名前 |
田中霊祠(田中正造翁分骨) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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田中霊祠6つある分骨地の一つ(昔は分骨地は五つと思われていた)元々は谷中村に分骨されていたが、河川改修で、現在の地に移された田中正造翁の遺徳を偲ぶ。