島左近陣跡、歴史を感じる。
島左近陣跡の特徴
石田三成の陣跡付近、静かな広場に佇む歴史的な場所です。
島左近が奮戦した伝説の地、関ヶ原の雰囲気が感じられます。
馬防柵の再現がある、戦国時代の武将の足跡をたどるスポットです。
関ケ原の戦い島左近陣地-----説明文より-----島左近(清興)は、「治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり島の左近と佐和山の城」と謳われたほどの智将で、三成は自らの俸禄の半分を与えたとの逸話が残る。関ケ原の戦い前日には、杭瀬川の戦いで東軍の中村一栄らの軍勢を破った。当日はここ笹尾山に布陣し、攻め寄せる黒田長政や細川忠興ら東軍を幾度も押し返す活躍を見せたが、長政の家臣、菅六之助(菅正利)の射撃で負傷し、奮戦の末、討ち死にしたとも、戦場を脱したともいわれる。これを機に、善戦していた石田隊は徐々に押し込まれていった。
意外と小さいと思いました。ここに陣を引くんだ!と思いますよ。漫画とか映画とか合戦のことを取り上げていますが、意外と小さい、とおもいます。
地図で見ると石田三成の陣よりちょっと離れた所にあったのかと思っていたら、笹尾山の麓の所に陣を敷いていたのですね。ここで最後を迎えたのか離脱するしかなかったのか。間違いなく激しい戦場だったのだろうと思うと胸が熱くなります。
とにかく暑かったので階段を登って行くのは諦めました。もう少し涼しい時期に来たいと思います。
2024/4/28石田三成の陣の左前あたりに島左近が陣を立てていたそうですが特に設置物もなくちょっとした広場って感じでした。
日本で最も有名な天下分け目の戦い関ヶ原古戦場跡の一つここは石田三成が給料の半額をはたいて召し抱えたと伝わる智将の島左近が陣を敷いた場所石田三成の陣と隣接しています有能な武将らしく善戦するものの敵の射撃で負傷それを期に三成方は徐々に形勢を悪くしていったそうです。
関ケ原古戦場 決戦地の中心からすぐの西軍 石田三成本陣の先方すぐ下の笹尾山の麓にあります。丸に三つ柏紋の島左近は石田三成の左腕と呼ばれ、布陣の位置からも分かる通りの武将。この関ヶ原で最期をむかえたと伝わります。京都市上京区の本山立本寺に島左近のお墓はあります。
陣跡と言うだけあって馬防柵が設けられており、時折狼煙(のろし)を上げられます。この陣で左近が被弾したのかと思うと、今がどれだけ平和か思い知らされます。
最高です!私は土の城巡りを趣味としてますが戦場も中々でした。まして関ヶ原だしここで島左近が三成を守る為に奮戦した事を思うと胸が熱くなりましたね。
| 名前 |
島左近陣跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
旗も無ければ杭があるだけで、あと、観光地に、するなら、道整備お願いします。