荘厳な小槻大社の神聖な空間。
小槻大社の特徴
小槻大社は荘厳な雰囲気のある大社です、参道を一歩踏み入れた瞬間に感じます。
本殿は重要文化財に指定され、歴史的な価値を持つ神社です。
小槻古墳の上に位置する龍王社は、このエリアの神秘を感じさせます。
栗東市の田舎にある大槻大社。1000年以上の歴史を誇るふる〜い神社です。なかなか参拝できる機会がないかもしれませんが、近くまできていたらぜひ。
本殿はほとんど装飾のない、かなりシンプルなつくり、両サイドの小さな境内社と3つセットで檜皮葺なのが良き。
5月5日の小杖祭りを見に行きました。土日祝はバスの運行がないとのことで、手原駅の観光案内所のレンタサイクルで行きました。約20分、アップダウンありです。うさぎの燈籠、石像など、うさぎ関係のものがたくさんあります。祭りなので普段は見られない神輿のうさぎも見られました。
ここに参拝するたびに思う事は小槻大社の参道に一歩入ったら荘厳な雰囲気のある大社です!
カーナビに従うと裏から案内され迷いました(*_*)ものすごく細い道なら、裏側です。墓前の鳥居のある道から入る道が表です。森深く趣のある大社です。
流石、大社と名乗るだけある。兎に角凄い。住宅街にある入口から入ってすぐ森があり、木々が生い茂っている。木々をよく見れば一部は人工林になっているようで同じ種類の木々が均等に植わっていたが、ほとんどは昔からあるようで巨大な木々が立ち並ぶ。森を少し進むと鳥居が見えてきて、由緒書きもこの近くに存在した。由緒書きに拠れば社の主祭神は於知別命で垂仁天皇の子供であり、神話の英雄日本武尊の曾祖父にあたる人物のようである。
トイレはありました。
おごそかです。
いつもお世話になってます。よく子どもたちとの散歩で参拝させてもらってます。素敵な場所です。
| 名前 |
小槻大社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
077-552-3190 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
小槻大社(おつきたいしゃ)。滋賀県栗東市下戸山。式内社(小)、旧郷社。主祭神:於知別命(おちわけのみこと) 大己貴命於知別命は、「落別命」や「祖別命」とも表記される。第11代垂仁天皇の皇子で、小槻山君(小槻氏)の祖。文献によっては「息速別命」の表記も見られるが、息速別命は於知別命の異母兄弟になる。資料によると、創祀年代は不詳。小杖宮、小杖大明神とも称された神社。当地方に勢力のあった小槻山公がその祖・於知別命を祀ったのが創祀だと思われる。於知別命は、祖別命、落別王とも記され、垂仁天皇の皇子。小槻氏は奈良時代宮廷に采女を貢進し、明治に至るまで一千年以上もの間宮廷社会において官務家として確固たる地位を維持したという。小槻大社内には小槻大社古墳群が残るほか、周辺には下戸山古墳(栗東市指定有形文化財)・地山古墳・岡遺跡(栗太郡衙跡)が残り、これらは小槻山君の関係史跡とされる。これらから小槻山君は栗太郡郡司クラスの家柄であったと推測されている。小槻山君は貞観15年(873年)に平安京に居を移し、のち小槻氏(官務家)として朝廷に仕えた。中世になって近江の守護佐々木の分流が当地青地庄に居を構え地名の青地を氏とし、青地氏となったがこの青地氏は当社を篤く崇敬したという。弘安四年十月、青地元真によって本殿内陣安置の宮殿が建立され永正十六年に本殿を再建。康永二年四月、青地重頼が八脚門(現在は無い)を建立。さらに康永二年十月、青地重頼が上書して正一位の神階を得たことが「園太暦」に記されている。式内社・小槻大社に比定された小社。明治九年村社に列し、明治十四年郷社に昇格した。配祀の大己貴命がどのように祀られたかは不明だが隣接した地にあった天台宗楽音寺の影響で日吉西本宮から勧請されたものと思われる。現在、楽音寺は廃寺となり、当社境外末社の十二将神社がある。とあります。