夕暮れの多摩川、歴史を感じる場所。
日野渡船場跡の特徴
多摩川を望む美しい夕暮れが楽しめるスポットです。
江戸の雰囲気が残る、歴史を感じる史跡です。
立日橋を往復するモノレールの景色も魅力的です。
橋が無かった時代に人や物資を舟で運んでいた場所の跡。今は何もありませんが説明板があり、当時の写真もあります。往時に思いを馳せるのに良い場所。
訪問日:2024/11/08多摩川河川敷に出る。川べりでシラサギが何羽かで餌を探していた。その上に橋がかけられ、さらに上を多摩モノレールがゆっくりと渡る。新選組が活躍していた当時はなかった川を渡る交通手段の数々である。江戸時代に活躍していた渡し船の船着場に着く。痕跡はまるでなく、案内板が一つあるのみであった。(意外と大正時代まで渡し船は現役だったようだ。)
関東に入府した徳川家康は防衛上の理由から江戸に向かう川に橋を架けることを禁止しました。そのため旅人はもっぱら渡船利用を余儀なくされていましたが、ここ甲州街道も然りで貞享元年の渡船着場が日野宿寄りに改変、正式な渡しとなり日野宿がその管理をすることになります。渡船場が日野宿に接近したことによる宿場としての立場は向上したはずですが規模は拡がらず、本陣1、脇本陣1、旅籠20程度だったそうで宿泊地よりも休憩地としての役割だったと思われます。日野の渡しは甲州街道の幕府公認の「渡し場」で貞亨年間に現在の場所に指定され、大正15年の日野橋の完成で満願寺の渡しと共に廃止されます。
現在国土交通省により護岸工事中です。
わざわざ行く?
多摩川河川敷の一部で特に観光目的行く程の場所では無いかもしれません。
夕暮れ時の多摩川の眺めが素晴らしいです。
立日橋を往き来するモノレールを眺めるのも楽しいもの。川下の日野橋を過ぎ、中央高速ガード近くまで歩けば、万願寺の渡しの跡の案内板があり、土手を下りた住宅地には、万願寺の渡し公園がある。
日野市に住んでから42年の月日を過ごしておりますが、渡し船と言ったら子供の頃から知っているいるのは浅川の南側の住民が日野市民プール等に行くときに乗せていただいた渡し船しか頭に入っていませんでした。私は、糖尿病を患ってから仕事帰りにモノレールの2駅分をウォーキングした際に、多摩川にも渡し船があり、その場所がここだと初めて知りました。まだまだ日野市の知らないところが沢山あります。
| 名前 |
日野渡船場跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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甲州街道の歩き旅の途中に立ち寄りました。日野渡船場跡は、江戸時代から大正時代まで、多摩川を渡る甲州街道の重要な交通の拠点であった「日野の渡し」の跡地です。もともとは農耕用の「作場渡し」でしたが、貞享元年(1684年)に甲州街道の公式な渡し場に指定されました。府中宿と日野宿を結ぶ重要なルートとして、日野宿がその経営と管理を行い、渡船料は宿場の大きな収入源となっていました。通常、3月から10月までは船が使われ、水が少なくなる10月から翌3月までは「土橋」が架けられていました。大正15年(1926年)に日野橋が開通したことにより、その役目を終えて廃止されました。