歴史感じる御朱印巡り。
正受院の特徴
曲渕甲斐守之墓があり、歴史を感じる場所です。
毎年大晦日に除夜の鐘を撞く伝統があります。
繁華な靖国通りに面した落ち着ける空間です。
2025年10月ウオーキング協会の例会の際、おまいりしました。毎年2月8日には、針仕事に用いた針への労いと、同時に裁縫の腕の上達を祈願する針供養大法要が行われています。🙏私は東京都ウオーキング協会(TWA)の会員です。TWAの例会で街歩きをしています。その際にいいなあと思った場所をスマホで撮影していましたが、グーグルマップにも投稿しようと思い立ちました。懐かしい場所を久しぶりに訪れてみると変わっていた!、ということに新鮮な感動があったりします。この思いを皆さんと共有できたらと願っています。
文禄3年(1594)創建の浄土宗の寺院。毎年2月8日に行われる針仕事に用いた針への労いと、同時に裁縫の腕の上達を祈願する儀式である針供養大法要で有名である。この寺院に足を運ぶ人は「綿のおばば」と呼ばれる奪衣婆像を見に来ることでしょう。この像は咳止めや子どもの虫封じに霊験ありと言われている。境内ではお地蔵さんとも出会うことができました。
御朱印 on 02Apr2024
明了山正受院願光寺といい浄土宗のお寺になります。御本尊は阿弥陀如来になります。御府内四十四カ所の閻魔様の参拝でお伺いしました。信蓮社教誉正受乗蓮「慶長八年(1603年)三月入寂:在住歴十四年」が、当地に文禄三年(1594年)に創建したお寺ですが開山の由来は不詳です。正受院境内にあるお堂に祀られているのは奪衣婆像で閻魔大王像はありません、願光寺の奪衣婆像は当時多くの崇敬を集め参拝者が絶えなかったことから一時期参詣を禁止されたといいます、木造で像高七十センチメートル片膝を立て右手に衣を握った坐像です、咳止めや子どもの虫封じに霊験あらたかで参拝の人々が多かったそうです、お礼参りには綿を奉納したため別称で江戸時代から「綿のおばば」と呼ばれていたといいます。江戸時代に旗本の高力氏が妻の像を作らせたところ、あまりにも恐ろしい姿に出来上がってしまったので正受院に納めたという伝説もあります。
当院にある曲渕甲斐守之墓は右側面(磨滅が激しい)に刻された日付から景漸の三代後の曲淵景曜の墓碑と思われます。曲淵景漸の墓碑は富士市の本国寺にあると思われます。
曲淵景漸(まがりぶち かげつぐ)のお墓があります。江戸時代に、日本の医学が西洋に比べて遅れていたが、江戸の医師達に伝令し、杉田玄白らが後に解体新書をつくれた立役者。
毎年大晦日に除夜の鐘を撞きに。
阿弥陀様と奪衣婆様の御朱印をいただきました。
しんせいな気持ちに、なれます!
| 名前 |
正受院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3341-1416 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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立派なお寺。御朱印が頂けるとクチコミで呼んだのだが、生憎寺務所が閉まっており、御朱印は頂けなかった。