神戸市役所前で発見!
日本マラソン発祥の地碑の特徴
神戸市役所前に位置する、日本マラソン発祥の地の碑です。
フラワーロードの市庁舎前では、ランナーの姿が楽しめます。
2018神戸マラソンの巡礼スポットとして訪れる価値があります。
解説によると、明治42年に行われた32kmの長距離競争で初めて「マラソン」という名称を使ったのを大競走が行われました。日本で「マラソン」という名称を使ったのがこの大会が初めてとのことです。それを記念して神戸市役所前に、「日本マラソン発祥の地神戸」の碑を建てました。因みに、マラソンの語源はギリシャのマラトン海岸に由来するそうです。
神戸市のHPからの引用になりますが、「明治42年(1909)3月21日、神戸の湊川埋め立て地から大阪の西成大橋東端までの約32キロの「マラソン大競走」が行われました。日本で「マラソン」という名称を使ったのは、この大会が初めてと言われています。」とのことです。また、1位には賞金300円が贈られたそうですが、当時教員や警察官の月給が8~9円、ベテラン技術者が20円だったことを踏まえ、当時の1円=現在の約2万円くらいだと考えると600万円で、いまの大阪マラソンの1位の賞金が660万円とのことで思ったより近かったです。(ちなみに神戸マラソンの入賞者は賞金ではなくオリーブを編んだ冠)だとしても、当時にそんな大金が手に入る大会が開催され、いまも文化として根付いているので素晴らしいですよね。面白い発見をしました。
神戸市役所前にあります。明治42年(1909)3月21日、神戸の湊川埋め立て地から大阪の西成大橋東端までの約32キロの「マラソン大競走」が行われました。日本で「マラソン」という名称を使ったのは、この大会が初めてと言われています。参加申込者は408人にのぼり、体格試験によって120人にしぼりこまれました。鳴尾競馬場で予選が実施され、出場選手20人が決まりました。大会当日の午前11時30分、当時の神戸市長水上浩躬が、短剣で選手の前に張られた紅白のテープを切り、スタートしました。1位は、岡山県在郷軍人の金子長之助選手でした。御影付近で、わらじの緒が切れるアクシデントがありましたが、脱ぎ捨てて走り続け、タイムは2時間10分54秒、2着を5分近くも引き離す優勝でした。優勝者には、300円の賞金のほか、金時計や銀屏風などの豪華な賞品が贈られました。神戸マラソン(2011年11月20日実施)のスタート地点でもある神戸市役所前に、「日本マラソン発祥の地神戸」の記念碑が建てられています。
まさかこんな所に記念碑!
マラソン発祥とのこと。
コレを見るまでは知らなんだ。写真は 第10回神戸マラソン出走前に撮影。
■日本マラソン発祥の地神戸中央区にある石碑。黒御影石の石台に赤御影石の石版碑がある。石版はランナー人影5体を彫り抜いた特徴的な形。市役所庁舎前のフラワーロード西側歩道中程にある。●建立期は平成23年(1991)の第1回神戸マラソン後。マラソンと称した日本最初大会のスタート地点が神戸である史実を知らしめる碑としたようだ。
◎100年前の神戸で全国初のマラソン大会⚫︎開催日: 明治42年(1909年)3月21日⚫︎大会名称: マラソン大競争⚫︎主催: 大阪毎日新聞⚫︎マラソンと名のつく全国初の大会⚫︎距離: 32km(20マイル走)⚫︎コース: 神戸市の湊川埋め立て地→大阪市の淀川に架かっていた西成大橋⚫︎予選で出場選手は20人に絞られた。⚫︎優勝タイム: 2時間10分54秒⚫︎優勝者: 綾木長之助(旧姓: 金子)◎記念碑は⚫︎2011年の第1回神戸マラソンを記念して「マラソン発祥の地」の記念碑が作られた。◎優勝者「綾木長之助」(旧姓: 金子)⚫︎1883年(明治16年)生まれ⚫︎岡山県英田郡西粟倉村の金子家に生まれる。鳥取県と岡山県の県境の山奥⚫︎青年時代は坂根郵便局の集配人⚫︎1903年(明治36年)鳥取歩兵第40連隊に入隊⚫︎1904~1905年 日露戦争に兵士として従軍⚫︎1907(明治40年)鳥取歩兵第十連隊を満期除隊⚫︎1909(明治42年)日本初の「マラソン大会」優勝⚫︎国際マラソン大会出場の旅費をもらう権利を獲得するも、その権利を行使しなかった。(本当に勿体無い)⚫︎鳥取県智頭町の綾木家に婿養子入り。⚫︎その後は、農林業に打ち込みましたとさ。⚫︎1966年(昭和41年)智頭町で長之助の偉業を顕彰する「第1回綾木長之助杯マラソン大会」開催⚫︎1969年(昭和44年)死去⚫︎マラソン大会は2004年(平成16年)の第39回大会まで続きました。◎感想記念碑一つからでも、掘り下げていくと、いろんなドラマが見えてきますね。
◎100年前の神戸で全国初のマラソン大会⚫︎開催日: 明治42年(1909年)3月21日⚫︎大会名称: マラソン大競争⚫︎主催: 大阪毎日新聞⚫︎マラソンと名のつく全国初の大会⚫︎距離: 32km(20マイル走)⚫︎コース: 神戸市の湊川埋め立て地→大阪市の淀川に架かっていた西成大橋⚫︎予選で出場選手は20人に絞られた。⚫︎優勝タイム: 2時間10分54秒⚫︎優勝者: 綾木長之助(旧姓: 金子)◎記念碑は⚫︎2011年の第1回神戸マラソンを記念して「マラソン発祥の地」の記念碑が作られた。◎優勝者「綾木長之助」(旧姓: 金子)⚫︎1883年(明治16年)生まれ⚫︎岡山県英田郡西粟倉村の金子家に生まれる。鳥取県と岡山県の県境の山奥⚫︎青年時代は坂根郵便局の集配人⚫︎1903年(明治36年)鳥取歩兵第40連隊に入隊⚫︎1904~1905年 日露戦争に兵士として従軍⚫︎1907(明治40年)鳥取歩兵第十連隊を満期除隊⚫︎1909(明治42年)日本初の「マラソン大会」優勝⚫︎国際マラソン大会出場の旅費をもらう権利を獲得するも、その権利を行使しなかった。(本当に勿体無い)⚫︎鳥取県智頭町の綾木家に婿養子入り。⚫︎その後は、農林業に打ち込みましたとさ。⚫︎1966年(昭和41年)智頭町で長之助の偉業を顕彰する「第1回綾木長之助杯マラソン大会」開催⚫︎1969年(昭和44年)死去⚫︎マラソン大会は2004年(平成16年)の第39回大会まで続きました。◎感想記念碑一つからでも、掘り下げていくと、いろんなドラマが見えてきますね。
| 名前 |
日本マラソン発祥の地碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kobe.lg.jp/a36708/kanko/kobemachiaruki/chokokunomachi/flower/3-913.html |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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神戸市役所1号館の前、フラワーロード沿いにひっそりと、しかし力強く佇む「日本マラソン発祥の地」の記念碑。ランニングを趣味にしている方なら、ぜひ一度は訪れてほしいスポットです。ここは1909年(明治42年)3月21日、日本で初めて「マラソン」という名称を使った大会「マラソン大競走」が開催されたスタート地点です。当時のコースはここ神戸から大阪の西成大橋まで。約32kmという距離を、当時の先人たちが駆け抜けたのかと思うと、胸に熱いものが込み上げます。石碑のデザインも秀逸で、5人のランナーが躍動するシルエットが人型に切り抜かれており、現代の「神戸マラソン」のスタート地点にもなっているという点に、歴史の地続きのロマンを感じます。大通りの歩道にあるので見逃してしまいがちですが、神戸マラソンの時期には多くのランナーがここで記念撮影をしています。観光のついでに立ち寄るのも良いですし、ここを起点にメリケンパークまでジョギングするのも最高に気持ちいいです。「日本のマラソンはここから始まったんだ」と実感しながら走ると、いつものランニングが少し特別なものに感じられます。