歴史を感じる松原神社。
松原神社の特徴
711年創建の歴史ある松原神社は、地域に根ざした神社です。
王子ゴルフガーデンの横に位置し、発見する楽しみがあります。
新しい玉垣や灯籠が印象的で、清々しい雰囲気を醸し出しています。
人もいなくて、維持管理もいまいちですが、それでも良いところでした。
ゴルフ練習場の横にある神社。その参道が清らか。元明天皇の時代にある由緒正しい神社。神馬も動きそうな感じでいい。また、社の中の絵がきれい。厳かな感じがする。
王子ゴルフガーデンの横に入り口にありますが分かりにくいです。入り口から200メートル程度木々のトンネルを進むと社殿が有りますよ。神馬の上になにか乗っていましたが、あまり見たことが有りません。絵馬が2枚奉納されていました。静かで落ち着いて参拝出来ました。
目立たないが意外に大きい。絵馬がちょっとイイ感じ。
コロナ渦、ウォーキングで気がついた地元の神社 711年創建歴史の有る神社で有ることを知りました。
自然がしっかり残っていて、厳粛な佇まいですかと。
境内はあまり手の入らない、長閑だが居心地の良いお社。
静かで綺麗な広い神社です。ただ、少しわかりにくい場所にありますので注意が必要です。
新しい玉垣や灯籠も多く、今なお地元の崇敬が篤いのでしょう、気持ちのいい清々しい神社でした。ただ、賽銭入れたら防犯ブザーみたいなのが鳴ったのにはビックリしましたw 夜なら分かりますが昼日中はスイッチ切っておいて戴きたい。創建:711年 社格:式内小社、郷社 主祭神:高皇産霊命。
| 名前 |
松原神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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松原神社(まつばらじんじゃ)。愛知県春日井市東山町。式内社(小)高牟神社の論社、旧郷社。江戸時代は「高牟稲荷」と称していた。主祭神:高皇産靈尊 倉稻魂命 埴山媛命 稚牟須比命大宮姫命 大山祇命 猿田彦命 住吉三神 神功皇后資料によると、当社は元明天皇の御代の和銅4年(711)の創建とつたえている。社地のあたりは古来地名を高牟(たかむ)とよび、社名も古く高牟神社と号し、延喜式第九(神名式)所載の春日部郡高牟神社に比定される。中世に稲荷信仰が普及して合祀されるにいたったため、江戸時代の棟札には高牟稲荷大明神と記したものが少なくない上、京都の神祇官の神道裁許状にもそう記されている。しかし高牟神社は金工の祭神、高御産霊神は天地創造の神、稲荷大明神は農業神として両社は別個の神格として崇敬されてきた。時移り明治4年10月、犬山県は当社を尾張国神明帳所載の松原神社と認定し、翌5年5月愛知県は近傍18ヶ村の郷社に確定したので、松原神社と名を改めて現在にいたっている。松原神社のある下原地区(旧下原村)は下原古窯群があり春日井市内味美古墳群などの埴輪の供給地として古くから人々の営みが有り、江戸時代には農村歌舞伎の行われた大型の松原座が境内にあり、近年まで一帯では亜炭が採炭され大いに賑わっていた。中世になり、篠岡古窯群が衰退するとともにさびれたと考えられる。鎌倉以後、稻荷信仰とともに、江戸期に発展した。なぜ稻荷神を祭るようになつたか不明であるが、社家井村氏の初代稲生六郎が社職になつた建久5年(1194)という社伝を持つ。高牟神社については、尾張國愛智郡の「高牟神社」(名古屋市千種区今池)に掲げられている、名古屋市教育委員会の標札には「当社は尾張物部氏の武器、農機具を納めた倉が神社になった」とある。社名の「高牟」の「牟」は「鉾」と同意にて、この尾張物部氏の一派はさらに北へ勢力を伸ばし、名古屋北西部、春日井西部へ拠点を伸ばしていったと思われ、瀬古高牟神社も物部氏との関連ある神社かと思われ、由緒にある「兵庫鎖太刀」も物部氏の「武器庫」と何らかの関連があったのではないかと考えられる。とあります。