青柳の神社、古き良き魅力。
若宮八幡神社の特徴
弘化5年に建立された狛犬は、歴史的価値が高い石工による作品です。
江戸堀江町や深川木場の商人たちの寄進で成り立った貴重な文化財です。
青柳に位置する若宮八幡神社は、地域の歴史を感じられる神聖な場所です。
青柳にある神社です。境内にジャングルジムや滑り台があります。
若宮八幡宮狛犬 弘化5年(1848)1月建立銘文江戸堀江町 柏屋伊助同 深川木場 升屋庄三郎弘化五年申正月吉辰石工 深川 源兵衛(以上、『市原市の狛犬』市原市教育委員会より)江戸の堀江町や深川木場の商人による寄進。青柳至彦『いちはらの歴史の散歩道』(市原市農業協同組合)に概ね以下の記述あり。青柳は、東京湾に面し、江戸時代には五大力船が2~5艘江戸に年貢米などを運んでいた。遠浅の海岸では、アサリ・ハマグリ・アオヤギなどが採れ、江戸の魚河岸に出荷していた。青柳地区は、良質な大豆でも有名で、「青柳大豆」と呼ばれ江戸では最高品質を誇っていた。八幡宮は、交通の要衝でもあり、江戸の文化が入りやすく県内最古の出羽三山講や富士講の遺跡が遺っている。若宮八幡宮の創建は、貞観7年(865)神社縁起には次の霊験譚がある。元徳元年(1329)、春から夏にかけて旱魃による被害が甚大で、村人は困窮を極めた。そこで一同海で身を清め祈りを捧げた。すると、沖から御樋代(おひしろ:ご神体を納める箱)が漂着し、中をあらためると鑑と龍の頭のようなものが納められていた。村人たちは、青柳の海岸を清め、漂着した鏡や龍の頭を安置して雨乞いをしたところ、たちまち雲が巻き起こり三日間降り続き、大きな収穫を得た。漂着したご神体を若宮八幡宮に納めてからというもの、村の船は遭難せず安全に航行できるようになった。『上総国町村誌』に概ね以下の記述あり。明治7年に、白塚村の枝郷であった天王河原村を廃して青柳村に合併。明治初期 戸数120 人口1187 馬3 荷車8 荷船漁船116段別 194町2段3畝24歩 地税1514円81銭9厘氏神 若宮八幡宮 八雲神社前川橋 字薄台と橋向の間に架橋。長さ6間5尺 幅1間 木製青柳は大豆の名産地として知られ、「青柳大豆」と称され最上品であった。
| 名前 |
若宮八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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貞観7年(865)の創建と伝わります。社伝では元徳元年(1329) の干ばつの際、村人が雨乞い祈願したところ、沖から鏡と龍の頭に似たものが入った箱が漂着し、降雨に恵まれたといいます。かつては神輿が海浜を渡御し、相撲の興行も行われました。境内の「海苔篊創業記」の碑には、明治33年(1900)に市内初の海苔養殖に挑んだ先覚者たちの苦労が刻まれています。【HPより抜粋】現地には、QRコードがあり、上記説明を見ることができます。以前雨の日に一度参拝しましたが、今回改めてゆっくり見学いたしました。街中ではありますが、メインから一本入った先に鎮座しています。駐車スペースはありませんでした。