纒向型前方後円墳、歴史の始まり。
纒向石塚古墳の特徴
纒向石塚古墳は日本史上指折りの古墳群の一部です。
古墳時代草創期に築かれた歴史ある墓地です。
全長約96mの前方後円墳が現存し美しいです。
最古の古墳かも側の空き地に駐車 道からの入口狭し。
価値の高い纒向型前方後円墳代表例の古墳(墳丘墓)です。現状はただの低い高まりですが、3世紀前半〜中頃の築造と考えられているかなり古いものです。それ故もっと整備してあげてほしいです。
最初の前方後円墳の可能性が高い古墳。少なくとも紀元後220年辺りの建設された。
後の朝廷へと繋がる大和王権の発祥の地とされる纏向(まきむく)にあって最も年代のさかのぼる古墳で、かつ「前方後円墳」の始祖とも考えられている超重要古墳です。埋葬者は特定されていませんが大王(おおきみ)に先立つ存在である可能性もあります。もしかして神話に登場する人物かも(笑)。特徴は標準型(?)と比べて円丘部が真円ではなく卵形で、前方部が極端に小さくバチのように先端が開いた形状になっている事です。そのため以前は帆立貝型古墳とも呼ばれていました。今では、この極初期型前方後円墳は場所の名をとって「纏向型前方後円墳」と分類されるようになったようです。現地で見ると妙に墳丘が低く、上部が真っ平らな事に気づきますが、これはオリジナルの形状ではなく戦時中に崇神天皇陵前にあった柳本飛行場(海軍大和基地)を守る高射砲(写真参照.海軍では高角砲と呼んでいた)を据え付けるため、上部が削平されてしまったとの事です。最も貴重で価値ある古墳になんちゅー事してくれてんねん!(怒)。ただ削平時に遺構は検出されなかったので、埋葬部は別の場所にあるか、墳丘の深い位置に埋設されている可能性もあるそうです。草がぼうぼうで歩きにくく全体形状も分かり難くて、見学に適しているとは言えませんが、近くで大規模な纏向居館が発掘されて、そちらに人員が取られて予算が回らなかったのかな(笑)。早く価値に相応しい扱いがされるように望みます。すぐ近くには同一規模、同一形式の勝山古墳、矢塚古墳も存在し、ここが弥生時代末期から古墳時代初期にかけての圧倒的な先進地帯で文化経済の中心地であった事がよく分かります。「神なる山」三輪山や盆地反対側にある二上山を眺めながらの散策は実に楽しいので、こちらも是非どうぞ。
箸墓古墳に来た流れで立ち寄りました。古墳と言えるのか?どうか?は微妙な所ですが、古代のロマンを感じられる素晴らしい歴史的価値のある場所だと思います。
古墳の形態など近くに立ち入って見ることも出来ず期待外れです。保存にもお金がかかるでしょうが、工夫をして良い姿を見せてくれたら有難いですが。
3世紀代(諸説あり)に築造された墳丘長約99m、前方部長約31m、後円部径約69mの纏向型前方後円墳。埴輪、葺石は未確認で、かつては最古の古墳(墳丘墓)とみられていたようです。墳丘周りには幅約20mの周濠跡が確認されているようです。墳丘は、太平洋戦争時に高射砲陣地設営の為に大きく削平され、前方部は南東側にかすかに、たぶんあそこかな?という感じでした。説明板は古墳東側に、駐車場スペースも古墳のすぐ東隣に(石塚東古墳の跡地のようです)ありますが純粋な駐車場ではないので、ご注意ください。墳丘内に立入りは可能ですが、周濠の名残なのが湿地の可能性があり、履物を汚す可能性があるので、あえてお勧めはできません。どうしてもの方は南側ならなんとかかもです。
かつて古代史を賑わせた古墳ですが、今はちょっと小高い丘?みたいな感じです。冬ならば上まで行けるのでしょうが。巻向駅から徒歩10分程度です。駐車場はありません。
綺麗、美しいです観るひとに、よりますね。
| 名前 |
纒向石塚古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
あっさりとしたシンプルな古墳でした真ん中にでんとした大きな木は、まるで日立の木のようです(気にはならないけど)