四季桜と紅葉、心安らぐ瑠璃光山。
瑠璃光山薬師寺の特徴
室町時代後期の木造薬師如来像が安置されています。
雰囲気が静かで穏やかなお寺で心が安らぎます。
迫力ある竜の彫刻が施された本堂の彫刻が見ごたえあります。
川見の四季桜を観に来たところ、359年ぶりにご本尊をご開帳されているということで拝観させていただきました。階段は一瞬ひるみますが、途中で素晴らしい紅葉をみながら登れるため、苦になりません。中では若い住職さんがご本尊の説明をしてくださっていました。撮影禁止ですが、一見の価値があると思います。ご開帳は2024/12/8まで。
御本尊ご開帳されていました。本堂入り口の昇り龍&降り龍の彫刻も素晴らしい。177弾の階段。登ったかいあり。紅葉が素晴らしかった。
瑠璃光山薬師寺宗 派 真言宗高野山派山 号 瑠璃光山寺 号 薬師寺御本尊 木造薬師如来像訪問日 2024/12/8御本尊は寄木造りの薬師如来像で室町時代後期の作で市指定の文化財になっています。また、本堂は文久2年(1862年)から8年をかけ明治3年(1870年)に完成し、向拝の梁に阿吽の一対の龍の彫刻があり、欅の丸太1本彫りの精巧なものである。鐘楼門も明治15年に建てられ、二階部分には十二支の彫刻が配されています。共に、豊田市指定文化財(建造物)になっています。境内で食べた、コンニャクの田楽が美味しかったです。半額になっていてお得でした。甘酒も温まりました😀
川見の薬師さん、と呼ばれているここ瑠璃光山薬師寺は真言宗高野山派のお寺です。川見四季桜の里のそばにあり、花見の時期には参拝客で賑わっていました。四季桜の里からは階段を88段、33段、42段のぼった上にあります。33は女性の厄年の数、42は男性の厄年です。厄除け祈願をしながら登ると厄除けになるそうです。(階段を登ることが出来ない方は、左側に車1台分の道路があり、境内近くまで行くことができます)薬師寺の本堂は国宝、その本堂の蝦虹梁(えびこうりょう・えびの背中のようにS字にに湾曲した梁を言うそうです)は欅の一本彫りの龍です。境内では、甘酒やこんにゃくのおでんなどの販売もしていました。休憩できるスペースや椅子もあるので、階段の先に幸せが待っていると思えば、と…帰りは、階段ではなく脇の道を使わせていただきました。途中の民家の庭先には皇帝ダリアが満開で、親切に花の名前を札掛してくださっていました。全体を通して、小原村の人たちは親切です。ありがとうございました。
週末に豊田市川見町にある瑠璃光薬師寺へ訪れて見ました。是非皆様も気をつけて階段を登って行って下さい。結構足にきますが、、。気になったのがこれより四十二段男子四十二歳厄除け階段の看板の意味がわからなかったことです。男子は四十二歳が厄年の一つと世間一般では言われますが、階段が42段あって登れば厄除けなるのかな?と思い、数を数えながら登ってみました。1.2.3...そして登りきりましたが、52段ありました。あれ?数えまちがえたかな?私は夢でも見ているのでしょうか?そして、よく考えたら別に42歳にもなってないのでまあいいやという結論になり頂上からの景色を見て疲れが回復して、本堂を見て、彫刻の素晴らしさにも感服し、すぐ近くには四季桜の里も見れたのでよき週末でした。
静かで穏やかな雰囲気に包まれた寺院です。ただ、参拝には急な階段か、激坂ありの坂道を上がることが必然となります。どちらも足の御不自由な方はちょっと厳しいかもです。山門、本堂とも見事です。境内では、『大黒・恵比寿』様がにこやかに迎えてくれますよ。
瑠璃光山薬師寺は愛知県豊田市(旧小原村)川見町にある寺院で、川見薬師寺とも呼ばれる。真言宗高野山派の古刹で、本堂に安置されている寄木造りの薬師如来像は室町時代後期に作られたものである。この像は豊田市の指定文化財である。本堂は山の上にあり、88段、33段、42段の階段を上った所にある。麓には「川見四季桜の里」があり、11月の終わり頃には四季桜と紅葉のコントラストが大変綺麗である。
秋の四季桜まつりに行き、お寺があるならお参りを、と思って伺いました。階段はかなり急です。ホントに大変でした(^^;上がった先には厳かな空間がありました。大人しい秋田犬も可愛かった♪♪♪
2022.12.06撮影境内の紅葉はほぼ散って四季桜のみでしたが参道の石段を覆う桜は見事でフサフサモコモコな秋田犬のムクちゃんが出迎えてくれます。
| 名前 |
瑠璃光山薬師寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
本寺の開山は不明であるが、二冊の中興建立記によると、寛文五年(1665年)、本尊開張以後 本堂改修を始め、次々と伽藍が建立され整備された。その地は、田代川右岸の今の畑地である。現在の伽藍は、江戸末期から明治初期にかけて建立された。鐘楼門には、十二支の彫刻や京都東寺管長の山号水額が立派である。本堂向拝には、龍の彫効された蝦虹梁が精巧である。本尊蒸師如来像は室町末期の作といわれ、日光・月光初め仏像十三体は、岩村城内の薬師寺より迎えられた。村文化財指定は本尊仏と石燈籠である。