琵琶湖のほとりの小祠、幸津川の歴史。
下新川神社の特徴
下新川神社は霊亀元年(715)に創建された歴史ある神社です。
近江のケンケト祭りで有名な神社として地域に親しまれています。
鳥居前の船着き場跡があり、琵琶湖の伝承が息づいています。
JR守山駅から錦の里行のバスに乗り、下新川神社前バス停で下車。鳥居近くの花壇が出迎えて下さり、参道を歩く。左に折れる参道は主祭神が怨霊?だったのだろうかと、木々に囲まれた境内でお参り。東国を平定しに行った豊城入彦命。弟に皇位を譲り、どんな想いで旅立ったのだろうか…妄想に耽り、ここに訪れたことを豊城入彦命に、感謝申し上げるのでありました〜
下新川神社は、湖西から湖を渡って当地に着き、「幸津川」と命名した主祭神・豊城入彦命の功績を称えて霊亀元年(715)に建てられた小祠にはじまるとされ、室町時代には吉田神社から「正一位」の神階を与えられています。毎年5月5日には「鮓切り祭」が行われ、滋賀県の名産「鮒鮓」を古式にのっとった作法で切って神に献上します。これは、かつて村人が歓迎の意をこめて差し出した鮒鮓を豊城入彦命が大変喜んだことに由来するとされ、「長刀祭」「練鼓\u003cカンコ\u003eの舞」とともに国選択無形民俗文化財に指定されています。
近江のケンケト祭りで有名な(?)鮒寿司切りの神社です。通りから眺めた印象ではこじんまりした神社だと思ったのですが、中に入ってみると境内も広く綺麗に清められ落ち着いた雰囲気です。当然歴史も古く、由緒正しい神社でした。さらに境内に湧き水がある池があって、何とも言えず良いロケーションです。夏は蚊が多いのが玉に瑕です(^-^ゞ
駐車場がどこか分からなかったが、発見したら広かった。書き置きの御朱印があったのでお賽銭をし頂いてゆきました。
御祭神の豊城入彦命が琵琶湖を丸筏で渡って来られたと伝えられ、幸津川(さづがわ)の地名の由来となったそうです。御祭神 豊城入彦命、新川小楯姫命境内社 愛宕神社、鹿島神社、白山神社、龍神社、牛神社、祓戸大神。
地元の方々が大切に想っておられるのを感じます。夏の暑さを和らげて頂きました。
下新川神社しもにいかわじんじゃ滋賀県守山市幸津川町1356祭神豊城入彦命小楯姫命「とよきいりひこのみこと」は崇神天皇の皇子東国平定の為琵琶湖を船で亘ったがその船着き場と言う伝承としても崇神天皇時代の平定は近江に留まっており後代の田村将軍が東北で戦ったのに比較して大和国からそんなに離れていません。
令和元年6月 参拝しました。御朱印は、書き置きが賽銭箱の横に置いてありました。
令和元年10月14日参拝本殿横の机上から、御朱印(書置き)拝受しました。
| 名前 |
下新川神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
077-585-3380 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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下新川神社(しもにいかわじんじゃ)。滋賀県守山市幸津川町。式内社(小)、旧県社。主祭神:豊城入彦命 小楯姫命資料によると、創祀年代は不詳。社伝によると霊亀元年(715)、豊城入彦命を祀る小祠を建立したのが起源。崇神天皇の第1皇子豊城入彦命が東国を平定せんと湖西より丸太のイカダ(筏)で渡られこの地を平定、幸津川の里と命名された。野洲川の南流・北流の形成したデルタの中央部にあり、河川の氾濫を守るために河流のほとりにまつり、司水(洪水守護)のための河川神である。国選択無形民俗文化財「すし切りまつり」は毎年、5月4日から5日にかけて行われ、5月5日の正午ごろ、若衆2人が古式にのっとり「ふなずし」を切り、献上する「すし切り」の儀式です。正式名を「近江のケンケト祭」といい、豊城入彦命を、村人がふなずしを献じてなぐさめたことが始まりとされている。「三代実録」に、仁和元年九月正五位上を授けられたとあり、式内社・下新川神社に比定されている古社。現在の主祭神は、豊城入彦命と小楯姫命だが、一説には、大新川命と小楯姫命。あるいは新川小楯姫命。豊城入彦命が祀った司水神(新川小楯姫命)が、本来の祭神なのだろう。明治になって村社に列したが、明治十八年郷社に昇格。昭和六年、式内社として県社に昇格した。とあります。