手作りの御朱印、芸術の神社。
御坂神社の特徴
道路から小道を入った場所にあり、訪れやすい神社です。
境内には立派なイチョウの木があり、自然が楽しめます。
限定の素敵な御朱印がいただけ、思い出に残ります。
手入れの行き届いた綺麗なお宮です。お守り頂いている地の方々に感謝します。ありがとうございます。御祭神は大物主。 当社ホームページによると大国主と同神との説明です。ほか二柱も大国主の別名とのことです。お参りしていろいろ妄想させて頂きました。
御朱印に捺されている宮司さまの手作りはんこ(これが芸術作品と言っていいくらいのクオリティ!)、しかも毎月異なるデザインはコレクションしたくなる素晴らしいものです✨拝殿裏手にある陰陽石(男性、女性)が祀られているのも印象的でした。とても綺麗なご神域、古くからずっと大事に護ってこられたことに感謝の思いを強くします。日本の歴史を支えてくださりありがとうございます。
2025.8.1.Friday.朔日詣りで初参拝させて頂きました手水屋は人感センサーになっています社務所は本殿右側にあり由来をお聞きしたかったですが参拝時.AM10:45には御不在本殿左側に大楠の御神木がありパワーを充填させて頂きました。九州福岡県からのキャンピングカー旅中の朔日詣りに感謝🙏道の駅淡河にも立寄り。
道路から見えていますが、入り口は道路沿いではなく、小道を入ったところにありました。(入り口探すのに少し迷ったかな?)鳥居の横に駐車場があって4台くらい?無料で止めれます。わたしが行った時は車が1台止まっていて帰る時は3台だったのでそんなに混んではなかったです。(平日)鳥居から境内はすぐなので、足が痛い方もお参りしやすいなぁって思います。小さいながらもとても綺麗で心地よい場所でした。御朱印は、書き置きのみ。私は、うさぎやカエルのスタンプを使っているお月見バージョン(片面)購入しました。片面と両面がありました。
週末の日曜日に訪問しました。17時前だったので誰も参拝者はいませんでしたが、事前に電話していたので宮司さんに丁寧に対応してもらいました。小さいこじんまりとたたずむ神社でしたが、能舞台があったのには驚きました。また御朱印も写真のように色々とあり、毎月変わる普通サイズ(400円)と見開きサイズ(800円)と2ヶ月ごとに変わる古事記をイメージした見開きサイズ(800円)がありました。どれも書き置きですが値段が良心的だったので好感が持てました!無料駐車場は鳥居の横にもありますし、境内にも停めれますが、車での境内の入り方が分かりにくいです。大きな神木もありました。
本日の一柱目は某レールガンアニメファン垂涎の「御坂神社」です。三木市の静かな谷間に鎮座おわします式内神社です⛩️ツクツクボウシとミンミンゼミの合唱が残暑を和らげます☀本日、大安なれど不成就日なので、陰陽道なのであまり気にしませんが😅
綺麗なイチョウがある神社です。今年(2023年)はダメかもしれませんが...駐車場は鳥居前にあります。ムロの古木が龍にみえたりします!
久しぶりの参詣です。今日は境内に4台車が停められていました。普段は1台も停まっていない時のほうが多いのですが、村の方が集まっていられたみたいです。
子供の七五三でお世話になりました。ご住職がとても親切で人柄が良く、祈祷だけでなく家族の集合写真も撮ってもらえました。祈祷は完全予約制で一組ごと家族ごとに祈祷してもらえるので安心です。初穂料は¥5000でした。絵馬に将来なりたいものを書いて境内に飾ったり、お土産として千歳飴・万華鏡・風車・コップ・お絵描き帳・子供のスプーンフォーク箸セット等豪華に色々と頂けました。境内には見事な黄金の大銀杏がとても力強く綺麗でした。他には、本殿裏側には子宝・安産・縁結び・夫婦円満にご利益がある陰陽石の男神と女神も祀られています。春の5月には五穀豊穣を祈るお祭りが開かれ御坂神社氏子より2組の地区が屋台を奉納します。駐車場は大鳥居の近くに5台程と境内にも数台の駐車スペースがあります。(2022/11/6)
| 名前 |
御坂神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0794-87-3545 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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御坂神社(みさかじんじゃ)。兵庫県三木市志染町御坂。式内社(小)、旧郷社。主祭神:八戸桂掛須御諸神(やとかけすみもろのかみ)配祀:大物主神 葦原志許男神(あしはらのしこをのかみ)三神とも大国主神の別名である、同一神とも考えられます。資料によると、鎮座年代は不明。『播磨国風土記』には「志染の里三坂にます神八戸掛須御諸神は、大物主と葦原志男の国堅めたまひし以後に天より三坂峯に下り給ひき」との記載があり、第17代天皇、履中天皇が参拝になったとも伝えられる。その際に、履中天皇が、「この川の流れは大変美しい」といったことにちなみ、この地域一体を「美嚢郡」と呼ぶようになったという。また、天皇の食膳にシジミが這いあがったことから、この地をしじみ(志染)というようになったという。天正年間、羽柴秀吉が中国討伐の際、その途上に三木の別所長治の居城釜山攻めを行ったが、そのときの兵火(天正の兵乱)により古い記録がすべて焼失したため、詳細が不明になった。その後、慶長13年(1608年)現在地へ社地を移したと伝えられる。明治6年(1873年)に郷社に列し、大正3年(1914年)4月神饌幣帛料供進神社の指定を受けた。なお、三木市内には「みさか」と呼ばれる神社が当御坂神社のほか、三坂神社、美坂神社、御酒神社など計8ヵ所ある。とあります。