奈良時代からの歴史漂う、幡羅八幡神社。
幡羅八幡神社の特徴
御祭神様の誉田別命様や息長帯姫命様を祀る立派な神社です。
長い歴史を持つ奈良時代に開基された神社です。
全国200社に選ばれた高松市の地域の氏神様です。
自然豊かで志度湾を見下ろす立派な奈良時代から続く神社です。義経と弁慶が籠もり祈願し平家は志度湾で負けて壇ノ浦へ。能「海士(あま)」の舞台でもあります。
南から石段を登る入り口と、東には国道沿いの車で登る入り口があります南の鳥居前にはいわれを記した標があり天暦5年(951年)に4度目の遷宮とあり、歴史を感じることや、神社本庁の「定」があり、かつてここが海の近くということ。幡羅は原(はら)と呼ぶことが神額(原八幡宮)からを知ることができます石段の上には瓦の狛犬様や、本殿奥に小さな鳥居と神木など、見どころの多い神社です。
御祭神様誉田別命様、息長帯姫命様、足仲彦命様。
立派な神社です。
この神社は歴史が古い奈良時代の開基で全国200社の中に入つていたのです。江戸時代の3代物語にはこの八幡宮の山の中で、雄雌の白鳥が住んでいたという話しがあります。その昔には、源平合戦で源義経がこの神社の境内で一夜を過ごしたという伝説もあります。この神社の下辺りが明待と史跡跡もあります。ここは、ちょうど、六万寺の陰になっています。昔は八栗方面に行くには、この道しかなかったのです。神社の東側に通っている今の国道11号線は太平洋戦争以後に開通したのです。
幡羅八幡神社(はらはちまんじんじゃ)は高松市牟礼町原地域の氏神様。春は子どもたちがお腹をぶつけて勝敗を決める「はらハラ腹相撲」、秋にはちょうさ5台と浦安の舞、獅子舞が奉納される。
| 名前 |
幡羅八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
087-845-9086 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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神功皇后の伝説にある「幡羅美石[はらみいし]」が名前の由来のようです。以下、「神鏡[?]」の石碑裏側の碑文と、説明板より。(碑文は、いちぶ判読不能な箇所がありました。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【碑文】◎幡羅八幡神社神徳表 神道日垣宮主逑此の神社に應神[オウジン]天皇(八幡大神)と天兒屋命[アメノコヤネノミコト]を奉斎する。應神天皇の母様は神功皇后[ジングウコウゴウ]でお祖父様は日本武尊[ヤマトタケルノミコト]です。息長[オキナガ]と呼ぶ風の神様の世界からお出坐[デマ]しになる尊貴な神様方です。天兒屋命は天大大王命・天宇受賣命・石凝姥命・玉祖命と併せて天皇神界を形成する五伴の?の神様です。八幡宮の神山に茂る神木は天皇神界の光を放[?]ち眞ん中天皇様[?]を置き其の周りに五伴[イツトモ]の緒[ヲ]の松を配[?]します。神木の根方に海神豊玉媛命[トヨタマヒメノミコト]が宿る幡羅美石[ハラミイシ]を鎮め安産子授けの恵を表す。幸福の心を宿す心の玉を子の腹に戴けば神徳は豊かに表れます。【説明板】◎幡羅八幡神社古くは、三木郡幡羅郷の氏神である。当社は奈良時代の藤前大明神に始まり、全国二百社の一つの大社であった。長尾極楽寺因由記によれば、天暦5年に4度目の遷宮をしたと伝えられる。三代物語には八幡宮の森に雌雄の白鳥が棲んでおり、里人は浅間鳥と呼び神の使いとして敬っていたと記されている。又、源義経が戦勝を祈願して、社殿で夜を明かしたと伝えられる。