因通寺で泣いた昭和の記憶。
因通寺の特徴
ペット納骨堂が完備された、優しいお寺です。
昭和24年に起きた行幸の歴史を持つ場所です。
シベリア抑留帰還者の心が解かれた、歴史的な寺院です。
昭和天皇行幸のエピソードを知り来ました。法事をさらているようで本堂には入りませんでしたが、外から手を合わさせていただきました。
1949年(昭和24年)5月22日の佐賀県三養基郡基山町の因通寺への行幸では、ソ連による抑留下で共産主義思想と反天皇制(天皇制廃止論、君主制廃止論の一つ)を教え込まれ洗脳されたシベリア抑留帰還者が、天皇から直接言葉をかけられ、一瞬にして洗脳を解かれ「こんなはずじゃなかった、俺が間違っておった」と泣き出したことがある。天皇は引き揚げ者に「長い間遠い外国でいろいろ苦労して大変だったであろう」と言葉をかけ、長い年月の苦労を労った。同地ではまた、満州入植者の遺児を紹介されて「お淋しい」と言い落涙した。別の遺児には「また来るよ」と再会を約する言葉を残している。〃昭和天皇が、行幸された場所です。〃
ペット納骨堂で利用しています。途中の道がガタガタの登り坂なのでバイクは注意が必要です。
良心的なお寺です。
| 名前 |
因通寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0942-92-2953 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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昭和24年5月22日、因通寺(当所)を訪れた昭和天皇は、戦災孤児を収容する「洗心寮」で、両親を亡くした少女と言葉を交わされました。少女は、父と母の位牌を抱き、陛下の問いかけに答えました。「おさみしい?」という問いに、少女は「いいえ。淋しいことはありません。父も母も仏になりました。ここには兄妹もいるし、仏さまも見守っているので寂しくありません」と答えました。この言葉に深く心を打たれた昭和天皇は、少女の頭を撫で、「お幸せにね。元気でね。これからも立派に育っておくれよ」と声をかけられました。その時、少女は小さな声で「お父さん?」と呟いたのです。その少女が、ふと上を見上げると、陛下の両目から涙がこぼれ落ちていたそうです。陛下は、その言葉に深く頷き、「また来るよ。今度はお母さんと一緒に来るよ」と仰られました。みほとけの教えをまもりてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ巡幸から宮中に戻られた陛下が詠まれた歌で、因通寺の当時の住職に贈られました。