武田信玄ゆかりの聖観世音菩薩。
風雲庵観音堂の特徴
静かに佇む社と枝垂れ桜が心を癒す場所です。
歴史を乗り越えて守られた聖観世音菩薩が安置されています。
こじんまりとした舞台造りの観音堂で落ち着けます。
大里山風雲庵といい住職がいた時代までは、黄檗宗のお寺であったといい御本尊は聖観世音菩薩になります。信濃三十三観音霊場札所第四番になります。元は山一つ離れた大里にありましたが元禄五年(1692年)に現在の地に移っています。武田信玄公が上杉謙信公との戦いに戦勝を祈願して寺地を寄進して永禄四年(1561年)に建立したと伝わり、御本尊は信玄公の枕元に立ち戦術を授けたという伝説も残る像で両脇に不動明王像と毘沙門天像が祀られています。観音堂は明治維新の廃仏毀釈で一時期廃堂となるが地域の人々の手で守られて現在に至る。観音堂は懸造りの小さな建物で石段を登ります、桁行五間の梁間三間で貫二段の束柱十六本の脚高約十一メートルあります。上層部は入母屋造り銅板葺きで桁行一間の梁間三間で高欄付きの縁を廻らす。
山の麓に建つ、懸造りのとても小さな庵です。斜面にあるため石階段を登ることになりますが、その石階段下に駐車場があります。石階段を登っても木々に囲まれており眺望は良くありません。庵内も暗くてよく見えませんが、武田菱が見て取れます。武田信玄公の位牌が収められているそうです。創建年は不明ですが、永禄4年(1561年)の第4次川中島合戦の際に、武田信玄公が戦勝を祈願して寺地を寄進し再建したそうです。あるいはその際の創建かもしれません。御本尊の聖観世音菩薩が信玄公の夢枕に立ち戦術を授けたという伝説があります。当初は大里という場所に建てられていましたが元禄5年(1692年)に現在の地に移り、さらに明治維新の廃仏毀釈で廃堂になりましたが、地域の人々の手によって再興されたそうです。
武田信玄ゆかりの寺院だそうです。枝垂桜が咲いていたら雰囲気あったかも。草で階段脇の仏像様が隠れてました。下の道路脇に駐車場があり、歩いてすぐです。信濃三十三番観音第四番札所。
寂れ感が良い。
静かに佇む社と枝垂れ桜が落ち着く場所です。春先が非常にオススメ。
清野観音 信濃三十三観音霊場 四番札所 聖観音菩薩。
里山の麓、近隣の部落の方々の篤い信仰心で歴史の変動を乗り越え守られてきたご本尊(聖観世音菩薩)が安置されているこじんまりとした舞台造りの観音堂です。ご朱印所は輪番制です。
枝垂れ桜が綺麗な所です。
| 名前 |
風雲庵観音堂 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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信濃三十三観音霊場第四番 大里山 風雲庵(御本尊聖観世音菩薩)創建の年代不詳であるが 武田信玄公の信仰厚く永禄四年寺領を寄進し現地に移転再建したという。川中島合戦の折この聖観世音が信玄公の夢枕に立ち戦術を授けた。寺は明治初頭廃寺となったが観音堂は近在の人々によって守られてご利益を垂れている。厄除の仏様として信仰される。▪️御朱印の朱印所観音堂のところに説明があります。現在、対面では受け付けていないそうです。▪️駐車場参道の入り口に車2〜3台停められる駐車場があります。