武蔵国多摩郡の古社、阿伎留神社。
阿伎留神社の特徴
延喜式内社として多摩八座の筆頭に位置付けられる神社です。
大物主神を祀る水の神様として、歴史を感じられます。
敷地内には立派な御神輿が納められ、神聖な雰囲気が漂います。
延喜式内社として多摩八座の筆頭に挙げられる古社。江戸時代は御朱印十石を寄せられ、当時より行われた九月末日の祭礼は今日も盛大に挙行されている。
木々に囲まれた静かな神社。雰囲気のある拝殿と鳥の鳴き声に癒やされる。
多摩八座の筆頭神社であると言われても分かりにくいけれど、絵巻や文書などの市指定文化財があること、江戸時代から続く祭礼が行われているところから、広く大事にされていることがよくわかります。本殿は風格があり、正面の三角が重なっている作りの屋根は興味を引かれます。立派な神楽殿も持っています。右にある倉庫の神輿は屋根と胴が六角形と珍しいのですが、ガラス越しでは分かりにくかったです。昭和63年設置の大多摩ウォーキングトレイルの緑の標識はまだ健在です。
武蔵五日市駅から、駅から散歩で訪問。駅より徒歩15分ほど。住宅街のなかにオーラのある神社が立っている。御朱印はやっていないようだ。あきる野の、あきるとはこう言う字を書くのだと、納得した。静けさのなか、静かにお祈りをする、そんな神社だ。
大きな神社。神楽殿もある。神社敷地の奥に、方形の堀があり、下に降りる階段がある。落葉が中に積もっていて深さは分からない。堀の底に三角屋根の小さな建物があり、屋根に出入りの為の矩形の穴があるがはいれないように鉄柵がついている。何かの儀式の施設ではないか。
祭神 大物主神、味スキ高彦根神、建夷鳥神、天児屋根命。式内社。深い緑の中に佇む神社。山々の清浄な気が満ちています。生命反応が豊かな杜は漲る力強さに溢れており、力を頂ける神社です。また、大きなサギの営巣が見られるので神社だけでなく鳥が好きな方にもオススメです。祓戸大神がいらっしゃるのも素晴らしいです。
初詣に行きました!おみくじや破魔矢などもあり、雰囲気のある神社です。コロナがおさまり早くお祭りの神輿がみたいです!
毎年三が日のどこかで行きます。その年によって違うけど元旦におみくじが売り切れてしまう事もあります。今年は3日の午前中で売り切れたようで買えませんでした。参拝ついでに敷地内にある公園で子ども達が遊ぶのが好きで、きっと大人と違って子どもには公園メインなのか?と感じることもあります。
山の中に佇む神社。そんな雰囲気を感じました。
| 名前 |
阿伎留神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
042-596-0560 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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2024.11延喜式神名帳 武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社。本殿右に神輿等を納めてある倉があり、そちらの彫刻が見応えあります。【御祭神】大物主神(おおものぬしのかみ)味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)建夷鳥神(たけひなとりかみ)天児屋根命(あめのこやねのみこと)【由緒】社名は「阿伎留」「阿伎瑠」「秋留」「畔切」などとも書かれたが、いずれも「あきる」と読んだ。「あきる」は「畔切」を意味し、当地が開拓され始めた頃に祀られた神社とする説もある。また現在の宮司家は創立以来70余代目とされ、初代神主の土師連男塩が氏神を祀ったことに始まるとも考えられている。『日本三代実録』元慶8年(884年)7月15日条に、正五位下勲六等畔切神に従四位下を授けた旨が記され、以後時代につれて定時の奉幣加階が行われたという。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には武蔵国多磨郡に「阿伎留神社」と記載され、式内社に列している。鎌倉時代以後は武将の崇敬も篤く、源頼朝・足利尊氏・後北条氏からそれぞれ神領が寄進された。徳川家康は、江戸入府の翌年天正19年(1591年)11月に、武蔵国多西郡秋留郷松原の内で10石を寄せた。それ以後代々の将軍は、家康の先例に従って、同じ土地を寄進し、その朱印状12通が残されている。江戸時代には神主は触頭(ふれがしら)をつとめ、触下(ふれした)は秋川流域から小河内にいたり28人。6月、9月の末日を年中二度の大祭と称し、これらの神主が二班に分かれ、阿伎留社頭で武運長久、天下泰平の祈祷が行われた。明治に入り、明治6年(1873年)12月には近代社格制度において郷社に列格し、のち明治40年(1907年)5月神饌幣帛料供進神社に指定された。戦後昭和29年(1954年)に宗教法人となった。