北条氏照の霊が宿る静寂の地。
北条氏照の墓所の特徴
八王子城の城主・北条氏照の供養塔がある歴史的な墓地です。
メインストリートから少し外れた、静かな雰囲気の墓地群です。
階段を登った先に、経年劣化した多くの墓石が残る場所があります。
バス通りを歩いていて、「墓所まで3分」という小さな標識があったので北条氏照の墓所に向かったら、200mぐらい先に長い木の階段があった。162段登ったところに墓所があり、たくさんの墓石や石仏があり、花が供えられていた。ところで、北条氏照の墓所は、小田原駅東口タクシー乗り場から100mちょっと離れた路地の一角にもある。小田原市指定史跡「北条氏政・氏照の墓所」だ。天正18(1590)年、豊臣秀吉の小田原攻めによって小田原城が落城すると、5代領主だった氏直は高野山に追放され、父氏政とその弟氏照は、戦端を開いた主戦派の責任を問われて切腹を命じられ、小田原城下の田村安斉邸(現南町)で自刃した。氏照は八王子城など5つの支城の城主だったが、小田原攻めの際は小田原城に籠城していた。氏政・氏照の遺体は、史跡のある地に当時あった北条氏の氏寺だった伝心庵に埋葬されたが、後に伝心庵は移転して墓は放置された。墓所は、稲葉氏が小田原城城主のとき (1633〜1685年)、北条氏追福のため整備したが、大正12(1923)年の関東大震災で埋没する被害を受け不明となったため、地元の有志が翌年復興して、現在に至る。墓地内には、五輪塔、笠塔婆型墓碑、石灯籠や、氏政・氏照がこの石上で自害したと伝わる生害石がある。氏照は八王子城を築いた城主であり、地域を治めた名将として領民からも慕われていた。落城から約100年が経過した元禄年間(1688〜1704年)、氏照の旧臣の子孫である中山信治(水戸藩家老・中山備前守家)は、氏照の百回忌にあたり、氏照の供養のため、かつての城下を見渡せるこの場所に墓(供養塔)を建立した。氏照の供養塔の傍らには落城の際に責任を取って自刃した家臣の最高責任者・中山勘解由家範の碑も建てられている。そして、多くの家臣や領民たちの墓石や石碑が氏照の供養塔を仰ぎ見るように配置されており、落城時に非業の死を遂げた彼らを主君である氏照が鎮魂しているかのようである。
2025年1月訪問、JR中央線・京王高尾線 高尾駅から徒歩約40分で到着。ここにあるのは北条氏照の供養塔であり、氏照自身は1590年豊臣秀吉の小田原攻めにより兄氏政とともに自害し小田原駅東口近くに墓所があるので注意が必要。
【2025年9月28日☀️】結構長い道のり…で最後に長い階段…でもそれが旅ってもんよ!😂と気持ちを切り替えて北条氏照さんの家臣・中山勘解由さんのお墓もあります。
小田原合戦の責任を取らされて自害させられた北条氏昭の墓です。小田原市にも墓所がありますが、どちらが本当の墓なのかはわかりませんが、階段がかなりキツイです。休み休み登りましょう。
北条氏照は小田原城下で切腹。この墓は氏照の百回忌に、中山信治という人物によって建てられた。この人は、宗関寺の梵鐘も寄進している。地面の見逃しようのない矢印の案内に従っていくと、氏照の墓の標識がある。山の中では、違和感を感じるほどのきちんと整備された階段がある。地元の人が、「あそこまで62段、その先が100段」と指差し「頑張って!」の声と共に教えてくれた。氏照の墓は家臣達の墓を従えて、上り詰めた所にある。家臣達の墓石はいくつもないが、眠っている数はいくばくであろうか。この日は、生花が供えられていた。氏照はここで生きている。
関東でも有名な心霊スポットとなるような悲劇にみまわれた八王子城 その八王子城を築城し、かつ最後の城主でもあった北条氏照の切腹後、100周忌の時かっての家臣の子孫がたてた供養塔になります。
北条氏照(八王子城を築いた人)の墓。大通りから見えた「北条氏照の墓 約260m(約3分)」の案内。えぇ約3分でしたよ、お墓がある階段の麓までは。そこからは結構な傾斜がある階段を登った先にお墓はあります。結構きつく、途中にあるベンチで休憩しました笑こちらは死後100年後に建てられた供養塔のようです。
大手道沿いにあった北条氏照の墓所への入り口を行ってみましたが、上り階段がきつそう、先もあるのでここで止めました。北条氏照は八王子城主です。アクセス:高尾駅から3㎞、徒歩40分From 日本紀行。
八王子城の城主であった北条氏照の墓地。城へのルートから外れた小高い場所にある。足元は悪くないが階段がかなり長い。歴史に興味がある人向け。八王子城の城主、北条氏照(ほうじょううじてる)の「墓」というが実は百回忌に建立された慰霊塔。氏照の家臣で、八王子城で奮戦・討死した中山家範(なかやまいえのり)の孫の中山信治(のぶはる)が建立したと伝わる。(2023-06)
| 名前 |
北条氏照の墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
30年ぶりに氏照の墓所とされている場所を参拝。八王子あるあるで参道の階段も整備され、慰霊碑や家臣の墓石も整地された場所にきれいに並べられていた。もともとは山道を上った先に荒れ果てた墓所があるというイメージだった。整備された後ろの墓石や石仏の現状をイメージすると近いかなあ。ただ久しぶりに来てみると、墓所のある尾根の両側が平削地でこの場所が八王子城の防御のための曲輪の一部であると確認できた。以前は陣馬山から高尾山まで順番に登ることだけが目的で周辺を見るということがあまりなかったが最近再訪して見ると細かいところに目がいき、それもいいものである。