豊積神社で体感する1200年の歴史。
駿河國二之宮 豊積神社の特徴
1200年余りの歴史を持つ、由緒ある神社です。
主祭神は木花咲耶姫様で、由来も興味深いです。
延喜式に記載された古社で、静かな雰囲気が魅力です。
駿河の国二宮としては規模が小さく神職も常駐してない様ですが、境内は綺麗に整備清掃されていました。御朱印は拝殿に書き置きがありました。
周辺に公園とお寺がある、閑静な場所に鎮座されている豊積神社を参拝させて頂きました。車で訪問しましたが駐車場が無い…。近くの公園道沿いに路駐して急いで参拝をする事に。あまり時間がないので参拝を済ませ、書置きの御朱印を拝領し、石碑や由緒書き等を写真に収めさせて頂き神社を離れる事にしました。御朱印は賽銭箱の左側に3種類用意されていて、近くには手作りの由緒書きの栞も置かれています。宮司が常駐出来るような大きな神社ではなさそうなので、パンフレットを用意するなど、お金がかかることは難しそうですが、コピーを使用して、手作りで1つづつ折り畳みにしてパンフレットのようにしてあり、宮司や氏子の皆様のおもてなしの心の様に思えました。石碑を見ると「日清戦役従軍記念碑 元帥 山縣有朋」とあり、日本陸軍の父と言われ、内閣総理大臣を勤めた山縣有朋書の石碑が。日本史でもかなりな大物の石碑には驚きました。どのような経緯で石碑が建立されたか存じませんが、これが駿河国二之宮の格なのだろうと思いました。
旧東海道由比宿に鎮座する駿河國二之宮。坂上田村麻呂にも縁が有ると伝わる延喜式内神社です。無人ですが御朱印は書置きの書置き(セルフ販売)が有ります。豊を積む神社なんですね。由比は、海の幸に恵まれ太平洋戦争後の混乱期にも食べ物には困らなかったとガイドブックの片隅に書かれてた記憶が有ります。きっとこの神社のご利益でしょう。
書き置きの御朱印3種類のうち1種類選んでいただきました。一の鳥居をくぐって少し歩き二の鳥居、三の鳥居をくぐると拝殿が…。境内には御神木の大銀杏があります。2月のこの時期はさみしいですが、夏から秋にかけてきれいに色づくでしょう。
Googleマップの神社の鳥居をポチッとして、案内してもらいました。なかなか鳥居まで着くのが大変な道でした。駐車場は見当たらなかったので、近くの公園にの横に、路上駐車をさせていただいて、お参りしました。延喜式神名帳に記載のある式内社で、駿河の国ニの宮とも推定されている神社です。今はコノハナサクヤヒメを主祭神にいただいているようですが、以前は豊受大神をお祀りしていたようでした。境内の摂社に稲荷社があり、そこに、豊受大神が遷されたそうです。ウカノミタマと豊受大神、やはり、繋がりがありますねとてもきれいに整理されていて雰囲気も良く、大事にされている神社だなと感じました。気持ちよくお参りすることができました。
主祭神は木花咲耶姫様最近まで知りませんでした。拝殿正面上部に何か写ってますね。
豊積神社由来延喜式神名帳に「駿河国産原郡豊積社」とあり、ここの地を町屋原と称するは、古代において物々交換の市場が営まれたところで社伝によれば第40代天武天皇の白凰年間ここに五穀の神「豊受姫」を祀る豊積神社が創建されたと伝えている。平安時代に入り木花開耶姫を祀る浅間信仰が広く流布され、延暦10年(791)神主の夢想神託により木花開耶姫を祭神とし、豊受姫は稲荷社として境内社に遷宮された。延暦16年、坂上田村磨が東征の途上、豊積神社に戦勝を祈願し、その帰路戦捷報告に立寄ったのが旧正月1日とあって、ここに戦勝祝賀の宴が盛大に催され、大太鼓をくり出し3日2晩夜を徹して町内をねり歩いた、これが今に伝えられるお太鼓祭りの起源とされている。平成14年12月由比町教育委員会由比町文化財保護審議会(教育委員会案内板)なお境内社は次の通り。白髭神社(猿田彦神)・山宮神社(大山祇神)・日枝神社(大山咋命・速須佐之男命)・須賀神社(建速須佐之男命)・稲荷神社(倉稲魂命)・磯前神社(大国主命・事代主命)
澄んだ青空の下、いいお参りでした。御朱印は書置きが、お賽銭箱の近くにあります。神社への道は、一方通行なので、車だと北側からしか行けません。
こちらは二之宮、豊積神社(とよつみじんじゃ)になります。不勉強であった為ナビ入力に手間取りました。HPや映像にあるよりはこぢんまりとした神社です。近隣に駐車場らしいものもなく、ごくごく普通の神社です。だがそれが良い。
| 名前 |
駿河國二之宮 豊積神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4405118 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026.01.21・旧東海道から少し奥に入った場所にありますが、道路沿いには社号標があります。式内郷社と書かれています。・旧東海道から100mくらい奥に入ったところに神社があります。敷地面積はそれほど広くありません。短めのストレートの参道の先に社殿が見えます。なんと鳥居が3本、三之鳥居まであります。・一之鳥居をくぐり短い階段を登ると二之鳥居があります。参道はきれいに舗装されています。・左手手前には参集殿があります。例大祭などに使われるんでしょうね。・参集殿の先には手水舎が二つあります。手前の手水舎は今は使われていないんでしょうか。手水鉢は木製で、井戸のようでもあります。奥の手水舎は使用できます。火山から噴出したような黒い石のオブジェが特徴的です。・社殿は寺院の名残を残す瓦屋根で、壁や窓の部分は改修されて手入れが行き届いています。・社殿の中はきれいに整頓されています。内部は改修されていないようですが、床が磨かれていてとてもいい味を出しています。・社額も歴史を感じます。建物は200年経っているとのことです。・社殿の脇に書き置きの御朱印が置かれていました。何種類かあり、私は御祭神のスタンプが押された御朱印をいただきました。初穂料は賽銭箱に入れるよう書かれていたため、500円を奉納しました。・大きな神社ではありませんが、大変歴史のある神社です。この規模で三之鳥居とは、威厳のある神社で、参拝していても何となく雰囲気が違いました。神職は常駐していないようですが、地域の方も維持管理してくれているのではないでしょうか、気持ちよく参拝することができました。