樹齢800年の大杉に癒やされる神社。
大山田神社の特徴
相殿鎮西八郎為朝社は国指定重要文化財です。
社叢には280種類の貴重な植物が生育しています。
樹齢800年の大杉が独特の雰囲気を醸し出しています。
大山田神社(おおやまだじんじゃ)。長野県下伊那郡下條村。式内社(小)、旧郷社。主祭神:大己貴命(大国主命)相殿:応神天皇(八幡社)相殿:八郎明神(源為朝)、但し江戸中期以前は建御名方命(『式内社調査報告』による)資料によると、下條村陽皐(ひさわ)に鎮座する大山田神社は、創立年代は不明であるが、延喜式の撰上された延長5年(927年)以前の古社で、奈良末期か平安初期に創始されたと推定される。最初の鎮座地は数説があり、根本史料を欠くことより決定出来ない。移動後現在地に鎮座したと考えられる。中央に大国主命を祀る大山田神社があり、左に源為朝を祀る八郎明神、右に八幡宮を祀る。『式内社調査報告』によると、江戸時代の復興の時、現社地にあった鎮西八幡宮に、菅野の「根ノ神社」の大国主命を勧請して大山田神社とし、相殿に八幡大神と諏訪明神を祀ったとある。ということで、本来の大山田神社は菅野の根ノ神社とも考えられ、また『式内社調査報告』では「山田」の名から阿南町深見字東條山田池明神の名も載っている。とあります。
相殿2社殿が国指定重要文化財。大杉は立て看板に樹齢900年以上と書いてありました。なかなか雰囲気の良い神社でした。駐車場は特にないのか下の公衆トイレのある所に停めて歩いて行きましたが、神社の上のお寺の駐車場に停めさせてもらえばすぐでした。階段ではない道も横にありました。
❶【参考 大山田神社 下条村誌 1977年】大山田神社神域は有名な鎮西の森といわれ、多くの巨樹をもっておおわれて稀にみる森厳(しんげん)な社域である。社は古来式内社(こらいしきないしゃ)と称され信南での古社で知られる。現社殿は3棟からなり、前面が拝殿である。むかって右が応神天皇を、左に八郎明神が祀られている。中央が本殿であり、江戸時代の建築であるのに対し、左右相殿2社は室町時代の建築である。左右の2社殿が重要文化財に指定されていて、京都から呼んだ吉村和泉を棟梁にして建造されたものと云われている。昭和46年8月~昭和47年9月末 重要文化財に指定されている2社殿を解体修理した。両社殿とも全部解体し礎石の据え直しをおこない、補修取り換えのうえ、組みなおした。●応神天皇社(右側)永正4年(1508年)に建立された。貞享3年(1684年)に 屋根葺き替えが施される●鎮西八郎社(左側)慶安元年(1648年) 宝暦8年(1758年) 大修理を行っていることを棟札により分かった。[鎮座地] 鎮西野。
友人とともに参拝してきました東方面から参道を歩いていくことが良いと思いますが坂道で距離にして150mくらいあり一緒に行った高齢者にはつらいところで神社の隣にある龍嶽寺さんの方から参拝させていただきましたこちらからも鳥居があります国の重要文化財の社殿もあり樹齢900年を超えるという大杉も見事です拝殿に飾られた「八郎明神御祭礼之図」と社務所玄関わきにある八幡様の使いであるという鳩が二羽描かれた「こて絵」が素晴らしいのでお見逃しなく。
相殿鎮西八郎為朝社本殿、相殿応神天皇社本殿 の二棟が国指定重要文化財です。二棟とも覆屋の中に保管されております。隙間より写真を撮らせて頂きました。
静かな場所です。
古い歴史を持つ神社です。ここから2キロ程度離れた山中に奥の院の小さなお社があります。
社叢は長野県自然100選の1つで、約280種類の南限・北限の植物が繁茂する植物学上貴重な場所で。 神社は下伊那に2社しか存在しない式内社。 相殿2社殿は全体に造りが繊細で、蟇股・鼻木・妻飾りは当時の中央の様式を伝え、国の重要文化財に指定されている。 永正4年(1507)に下條氏7代家氏が京都より招いた工匠吉村和泉守一門によって造られたもので、300年程前から伝わる ギョウド獅子舞は東海地方の影響による神楽獅子の系統で、県下でも珍しいもの。
樹齢800年の大杉がそびえ苔むした部分もあり、独特の雰囲気です。夕方に参拝したため、社殿が逆光の木立の間にあり、見とれました。
| 名前 |
大山田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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2025年9月16日 初めての参拝です。式内社ですから歴史は古いです。祭神は大巳貴命、大国主命と名乗る前の神様です。本殿は覆いやの中にあり見ることは出来ませんでした。今回運良く裏手にある綺麗なお寺の駐車場をお借りしてきましたので楽に参拝出来ました。