北アルプスと森に囲まれた特別なひととき。
飯森神社の特徴
美しい北アルプスを背景にした田んぼの真ん中に位置しています。
白馬別荘地の自然豊かな環境で静けさを感じることができます。
県道433号(白馬美麻線)に沿ったアクセスが便利です。
田んぼの真ん中 背景の北アルプスは最高に綺麗。
白馬に寄った際に参拝で訪れました。すずしく景色の良い場所備考飯森神社の歴史御祭神神紋 波に千鳥罔象能売命(女神)とも水波能女命ともいわれている。水の神様、井戸や泉の神で、五穀豊穣をもたらす農耕の神であり、雨乞いや火を鎮める神。龍の化身ともいわれている。*明治三十年までは、戸隠神社の姉妹社であり、宝光社(院)の神官が宮司を掌(ツカサド)っていた。御祭神神紋梅鉢天神様 学問至誠厄除けの神京都の北野天満宮から勧請された。明治四十年五月三日に、村内天神地籍より飯森神社に合併される。*龍神と菅原道真公共に縁の深い二柱を祀っている。鳥居は明神両部鳥居である。飯森神社の由来は、飯森氏の中興の英主と言われた、飯森城主、飯森日向守十郎盛春公が唐沢の池、現八方池の畔に石造りの奥宮を建立したしたことが始まりだといわれている。「今から637年前2020現在」◆永徳三年六月(1383年)室町の南北朝時代飯森氏(仁科氏の氏族)によって、唐沢の池(今の八方池)の西北に石造りの奥宮を石造りで建立。唐沢の池に大蛇が生息しており、里に降り農作物の被害を与えることから建てられた。(伝説)その年に、里宮として、今の神社の地に、間口二間、奥行き一間四尺で拝殿つき社を建立したことがはじまりである。(豊臣秀吉関白)(徳川家治)(台風で倒壊したことによる。)元文「昭和三十二年十二月、当時の氏子総代が飯森にある古文から、抜粋し保存されていたものを、読み易く分かり易くした。整理に当たっては、田中一さん、傘木宮司さんに助言と監修をしていただきました。[令和二年(2020)氏子総代作成]」に御祭神。
白馬別荘地の真ん中を東西に横切る平川を渡ると、千国街道の痕跡はまた不明になりましたが、別荘地の森のなかでは、おそらく現在の県道433号(白馬美麻線)に沿っているものと思われます。ところが、森を出たところで姫川に向かって東に曲がっていく県道から分岐してほぼまっすぐ南下する小径が千国街道の跡のようです。水田地帯のなかを往くこの小道沿いに南進すると、飯森神社の鳥居前に出ました。鬱蒼とした鎮守の杜が90メートル四方ほどの境内を取り囲んでいます。この神社は、飯森の街の北の外れ、白馬別荘地と飯森集落の中間にあります。周囲には水田地帯が広がっていて、神社はその西側に遠見連峰の尾根が迫っている、じつに雄大な景観のなかにあります。鎮守の杜の南側にも児童公園のような風致草地が広がっています。古くはその草地も神域に属していたのかもしれません。境内の南端は農業用水を兼ねた川と農道によって切り取られています。この角地も樹林の覆われていて、草地には数多くの石仏や石塔が並んでいます。傍らに立つ説明板には「飯森神社石仏群」という名称が記されています。ここでもやはり、塩の道は「祈りの道」だと印象づけられました。
| 名前 |
飯森神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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スズメバチがいました。