岳崎古墳の裏に広がる、歴史の大集落遺跡。
里田原支石墓(1号墳)の特徴
岳崎古墳の近くに位置する、有名な史跡です。
約40haの広大なエリアに広がる、大集落遺跡です。
旧石器〜中世までの貴重な歴史を体感できる場所です。
歴史資料館の裏に幼稚園があってそのわきを通っていけば判る。説明があるので読んでいただければありがたい。周辺にはまだあったのだろうが・・
岳崎古墳に寄る前に歴史民俗資料館に寄った。岳崎の正確な場所を教えてもらうのが目的であった。それと何故この地域には円墳が存在しないのかをも尋ねることもそれであった。前者は正確な地図を見せて頂いたのだが、後者については判らないとのこと。地元の方々も知らないということだった。ただここより東に森山神社があるのでそれかと聞いたが曖昧だった。ただ隣の幼稚園の向こうに支石墓があるのでと勧めるので行かざるをえなくなった。岳崎への通り道だから寄ってみてもいいよな。
| 名前 |
里田原支石墓(1号墳) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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周辺のオススメ
ナフコ田平店近くの踏切向かい側に表示された「岳崎古墳」の矢印を左折し、100М程行った右側にある里田原資料館跡裏手の水田と丘陵地一帯の約40ha規模のエリアに立地する旧石器〜中世(最盛期は弥生中期頃)と幅広く営まれた大集落遺跡です。(説明板は、踏切を過ぎた先の左側の歩道に立てられています。)この遺跡には2群3基の支石墓が現存しています。(かつては3群10基ほどあったようです)隣接するやよい幼稚園裏に1号支石墓と説明板があります。そのまま農道をまっすぐ進み、十字路を右折して突き当たりの草むらから2・3号支石墓群へ行けますが、草むらに隠れた溝がある為、足元注意です。(他のルートとしては、県道沿いのアオキ石油セルフスタンド横空き地の端にある橋を渡って行けます。)この遺跡の目玉は成人用甕棺に城ノ越式小壺と共に副葬されていた、全国で12枚ほど(唐津の宇木汲田遺跡や福岡早良エリアの吉武高木遺跡といった著名な遺跡含む)しか出土していない朝鮮半島製の鏡、「多鈕細文(たちゅうさいもん)鏡」です。周辺には4世紀中頃築造の笠松天神社古墳(日本最西端の前方後円墳)や、岳崎古墳(4世紀後半〜5世紀初頭の前方後円墳)もあり、魏志倭人伝に記載された末盧國との関連性も気になります。なお現在資料館は閉館していますが、展示されていた多鈕細文鏡(本物)や木製品などは平日9時〜17時まで常駐されているスタッフさんにお声をかければ見学も可能だそうです。また資料館跡右端に、田平町内で発見された箱式石棺が移築復元されています。