明治二年の飢饉を超えて。
日田養育館址碑の特徴
明治二年に最も甚だしかった飢饉の歴史がある、日田の史跡です。
慶應時代から続く一揆の背後にある深い歴史を感じることができます。
日田養育館址碑で当時の社会状況や歴史を学ぶ貴重な体験ができます。
明治初期の日田県県知事だった松方正義(後の第4代・第6代内閣総理大臣)が私財を投じて設立した「養育館」という福祉施設(孤児院)の跡ですが、市営三本松駐車場(有料)の片隅に「日田養育館跡」と書かれた石碑があるだけで、特に何もありません。碑文は松方正義自身の筆によるものです。
| 名前 |
日田養育館址碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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慶應の頃から飢饉が続き、明治二年は最も甚だしかったらしく、翌三年には一揆も起こります。そういう背景により、この時代堕胎や棄児があとを絶たなかったそうです。日田県知事松方候は郡内の有志・医師等を集めて話し合い、賛同を得て事業を行います。候及び有志からの寄付金は数千両になったそうです。明治二年二月に養育所を開設、それに係わる医師役人は無報酬にて働いたそうです! 諌山菽邨・千原夕田等… また各村々に周旋方を置き、妊婦の調査及び出産の勧めも行います。分娩した者には御祝儀、自分で養育する者には養育費を与え、養育出来ない子どもは館にて預かり、養育したり里子の世話等行ったそうです。これにより多数の子どもの命が救われました。