沖縄戦の重みを感じる、旧海軍司令部壕。
旧海軍司令部壕の特徴
沖縄戦の歴史を肌で感じる、貴重な体験ができる場所です。
旧日本海軍の司令部跡が保存され、独特の緊張感ある雰囲気が漂います。
特に沖縄戦の爪痕を実感し、平和の尊さを心に刻む機会となります。
沖縄の歴史を語る上で、この場所は外せないところです。決して高くないのでぜひガイド付きで見学することをお勧めします。この犠牲の上に今の平和があること、心に刻むことができました。
戦争時の防空壕に入る事ができます。日本人として歴史を知る為には行くべき所だと思います。大人600円で入場できるので、おすすめです。
旧海軍司令部壕に訪問しました。豊見城市に残る旧海軍司令部壕は、太平洋戦争末期に日本海軍が築いた地下壕です。全長約450メートルに及ぶ壕内には、司令部室や作戦室、発電室などが配置され、当時の激しい戦闘の痕跡が今も生々しく残されていました。沖縄戦では多くの将兵がここで最期を迎え、悲惨な戦争の実相を伝える場所となったようです。現在は平和学習の場として一般公開されており、訪れる人々に戦争の悲惨さと平和の尊さを訴え続けている貴重な施設です。
沖縄旅行の最終日に、家族で「旧海軍司令部壕」を訪れました。子ども達に伝えたかったのは、沖縄はただ楽しいだけの場所ではなく、戦争の記憶が眠る地でもあるということ。壕の中は暗く冷たく、壁に残る傷跡や展示物が静かに、けれど確かに「平和の尊さ」を語りかけてきます。子ども達も真剣に見入っていて、過去を知る大切な一歩になったと感じました。観光地でありながら、歴史の重みを強く感じられる場所です。沖縄に来たら一度は訪れてほしいスポットだと思います。なお、当日の様子を家族でVLOGとしてYouTubeにアップしています。「さかぽよ 旧海軍」と検索していただければご覧いただけます。写真や文字だけでは伝えきれない雰囲気を感じていただけると思います。
地下壕を見学した。中は蒸し暑かった12月なのに。8月なら生きた心地しないだろう。あと地下壕を見学中にドーングラグラと2回地面が揺れた。もしかして…。
歴史の重みを感じました。中の壕に入ると息苦しさを感じました。少し驚いたのは米国の観光客の方が結構居られました。駐車場はありますがそんなに台数停められないので車で来られる方はご注意を。
沖縄には戦争遺構が数多くあり、ひめゆりの塔とか平和祈念公園が有名なのかもしれませんが、この壕も是非見たいと思って訪ねてきました。休息場所とされる所なんて、立ったまま寝るのが「休息」ですよ!そこまでして抗って、多くの生命を失うなんて、戦争って何なんだろう。沖縄へ行ったときにはリゾートだけでなく、必ず大戦関連の爪痕を見て平和への思いを強くしています。
2024.7.7訪問です。ビジターセンターから、階段を降りて、資料館、そして、いよいよ壕の中にはいります。あえて画像は少しだけです。いろいろと考えさせられる場所です。当時のまま保存されている、貴重なところです。
【沖縄戦の戦跡地巡り&慰霊!豊見城にある海軍司令部壕】先日、5年1か月ぶりに再訪した豊見城市と那覇市の市境に位置する海軍司令部壕。日本で唯一の陸上線である沖縄戦で大日本帝国海軍の司令部として使用された防空壕。昭和19年、先の大戦において絶対国防圏を守る上での最重要拠点であるサイパンやグアムなどのマリアナ諸島やパラオ戦線やフィリピン戦線での敗北でそれらを失い、敗色が強まってきました。戦線が南西諸島付近まで後退したため最前線となった沖縄の軍備が強化されることになりましたが、沖縄における重要な軍事拠点の一つであった小禄飛行場(現在の那覇空港)を守るための防空壕を建設することになりました。昭和19年8月10日に着工されましたが、実際には十・十空襲以降に始められ同年12月に完成しました。壕はかなり深さがあり、枝分かれした全長約450mの坑道といくつかの部屋からなり、砲撃に耐えられるよう重要な部屋はコンクリートや漆喰で補強されています。部屋は作戦室、幕僚室、司令官室、暗号室、医療室、下士官室、兵員室、発電室があり広大な壕です。昭和20年1月20日から大田実海軍中将が沖縄方面根拠地隊司令官として赴任し現地の指揮を執ることになりました。アメリカ軍による本格的な攻撃は3月23日頃から始まりましたが、3月31日には那覇市の北西沖約10キロメートルに浮かぶ神山島に上陸し、4月に入ると島に設置された砲台や海上艦船からの攻撃も始まりました。6月4日午前5時、アメリカ軍は小禄飛行場の北部に上陸し司令部壕のある那覇市南西部を包囲。6月11日朝、司令部壕に米軍の集中攻撃が加えられ、同日夜には司令部壕からの最後の報告として海軍根拠地隊が玉砕したとの電報が発せられました。6月13日に大田司令官は自決を遂げ小禄地区における組織的な戦闘は終結し、戦線は南部に。司令官室には壁面に大田司令官の愛唱歌「大君の御はたのもとに・・・」の墨書が残されています。戦後の調査で壕内からは大田司令官をはじめとして800名以上の遺骨が収集された、昭和33年には更に1500名以上の遺骨が収集され、沖縄海友会によって海軍慰霊之塔が建立されました。沖縄は綺麗なビーチが多く見所が多いですが先の大戦では日本唯一の陸上戦がおこなわれ、約20万人の方が犠牲になった場所です。沖縄を訪れるのあればこういった戦跡や慰霊をしていただきたいと思います。※NIKONのフラッグシップミラーレスカメラZ9で撮影。
| 名前 |
旧海軍司令部壕 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
098-850-4055 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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山の上にありますので周りの景色も見渡せます。豪の内部は迷路です順路が書かれているので歩けますが、当時は明かりも薄暗く足元も見えづらいし話し声も響くので話しもできなかったり臭いと想像してもストレス100%の環境だったと思います。見学される価値はあります。