登野城の御嶽で心清め。
天川御嶽(アーマーオン)の特徴
地元の人々に愛されている歴史的なパワースポットです。
丁寧に整備された神社で、夏の豊年祭も楽しめます。
三宅岬に近く、奉納舞のための舞台や遊具も完備です。
御嶽内に遊具があって、地元の憩いの場となっているのを想像しながら参拝しました。
天川御嶽(あまかわうたき、あーまーおん)は、1705年に編纂された「八重山島由来記」に記述されている歴史ある御嶽です。御嶽とはいわゆる拝所の事で、琉球諸島および奄美群島において、その土地本来の自然を神様と見立て信仰したり、琉球神話の神々、もしくは先祖霊などを崇める聖なる場所を言います。よって本土でいうところの神社に近い存在になります。神社と同様に鳥居や拝殿が存在する御嶽もありますが、それは明治時代以降の皇民化政策の結果と言われています。 琉球神道では神に仕えるのは女性(ノロと言う巫女)なので、今でもところによっては男子禁制の場所があるようです。したがいまして、本土の神社でいうところの本殿に該当し、神職者であっても祭祀の時のみしか入ることが許されない、岩などで囲ってある極めて神聖な場所である「獄域(イビ・イベ)」には絶対に立ち入らないで下さい。ここでは石垣の奥に該当します。もしむやみに立ち入ると体調に異変をきたすようです。 よってここを参拝する際は、物見遊山の観光地巡りや遊び半分の気持ちを持たず、畏敬の念を抱いて訪れてください。天川御嶽は、その昔に天川原と呼ばれていた場所に建立されました。その天川原には霊石を信仰する風習があったことから、次第に豊作豊漁の神や航海安全の神も祀られたと伝わっております。鳥居をくぐり境内に入ると、道路を往来する車両や街の喧騒は、かき消されるとともに次第に空気そのものが変わって行き、神々しい雰囲気が感じ取れます。ここはいわばパワースポットそのものです。天川御嶽では、毎年のように豊年祭や海神祭、雨乞い、疫病除け祈願祭といった多くの神事が行われますので、石垣市の文化を継承する代表的な場所ともいえるでしょう。
登野城の村人の健康と村の繁栄を祈願する聖地です。旧暦6月には五穀の豊作と来夏世(クナツユ)の豊穣を祈願する豊年祭(プール)が行われます。
2024年2月13日、朝参拝石垣島の登野城にある御嶽、美崎御嶽にも近い境内には舞台や子どもの遊具もあり公園のよう境内はとても静かで朝の澄み切った空気の中、気持ち良く参拝できたさあ🙏
2022/10/9祭りの準備?
ガランとして何もなかった。
パワースポットです。フクギが豊かに咲いています。
地元の人にとても愛されてるんだろうなぁと感じる場所。公園でもあり憩いの場になっているようです。
毎年、夏の豊年祭では登野城の村プールが開催され賑わいます。数多くの伝統的な芸能も堪能できます。
| 名前 |
天川御嶽(アーマーオン) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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🐱由緒にゃん:霊石に宿る、豊穣のにゃんこパワーむか〜しむかし、登野城の天川原(アーマーバル)に住んでいた篤農家・野佐真(ヌサマ)にゃんが、霊石(イビ)を信仰していたにゃ。そのおかげで、毎年豊作・豊漁に恵まれたにゃん!村のにゃんこたちも「この石、すごいにゃ〜!」って尊敬して、みんなで祈るようになったにゃんよ。それが、天川御嶽の始まりにゃん!🏯歴史にゃん:王府時代から続く、七嶽のひとつにゃ!天川御嶽は、1705年ごろの『八重山島由来記』にも登場する、にゃんとも古い御嶽にゃん。首里王府の時代には、沖縄本島へ貢納品を運ぶ船に乗る役人にゃんたちが、航海安全を祈願する「七嶽(ナナオン)」のひとつとして大切にされてたにゃんよ。七嶽にゃんこ仲間は、美崎・宮鳥・長崎・天川・糸数・名蔵・崎枝にゃん!みんなで海の安全を守ってたにゃんね。🌸すばらしさにゃん:静けさと祈りが響く、もふもふ聖地にゃ- 拝殿は**1874年(明治7年)**に茅葺きで建てられて、2010年に135年ぶりに建て替えられたにゃん!しかも、重機を使わず素手で解体されたにゃんて、にゃんこ職人魂すごすぎにゃ〜!- 毎年旧暦6月には豊年祭が行われて、感謝と来年の豊穣を祈るにゃんこ儀式が古式ゆかしく執り行われるにゃ。- 御嶽のまわりは静かで、風がふわっと吹いて、にゃんこ心がす〜っと落ち着くにゃん。まるで霊石が「よく来たにゃ〜」って語りかけてくれるみたいにゃ。