志波城跡で古代の息吹を感じる。
志波城古代公園の特徴
志波城古代公園は坂上田村麻呂が築いた城跡で歴史的価値が高いです。
見学後は広々とした駐車場や休憩スペースでリラックスできる環境です。
外郭築地塀や南門が壮観で古代の雰囲気を楽しめる絶好のスポットです。
古代の城を再現しています。雄大な場内は圧巻の一言で当時にタイムスリップしたような感覚に。櫓や城壁、政庁、目隠し壁、住居など徹底的にこだわりぬいた復元の構造物は素晴らしいの言葉しかありません。歴史好き、そうでなくとも古代の空気を感じられる大変お勧めの場所です。ただしバス便は少ないので車かタクシーの利用が必要でしょう。また案内所では企画展や常設展示も楽しめスタッフさんも丁寧に案内いただけます。
東北の本髄を、同時に日本という国の成り立ちを知るヨスガに、訪問して良かった。新しく快適な建物の資料館には詳細な解説もあります。先に見ました。これほどの歴史、日本人の魂のあるべき姿がもっと考えられるべき、知られるべきと思った。晴れの日なら復元された域を20分もあれば歩き回れる。プラス資料館15分くらいとか。
2024年10月19日724年、現在の宮城県多賀城市に、その地名の由来となる古代城柵が創建された。2024年で創建から1300年となるのを記念して、多賀城をはじめとする古代城柵遺跡で御城印が配布された。多賀城(宮城県多賀城市)牡鹿柵(宮城県東松島市)伊治城(宮城県栗原市)払田柵(秋田県大仙市・美郷町)城輪柵(山形県酒田市)胆沢城(岩手県奥州市)志波城(岩手県盛岡市)徳丹城(岩手県矢巾町)御城印目当てに城柵巡りをした。古代城柵は、律令国家が本州東北部に支配域を拡大するための拠点として造営した、行政と軍事の機能を併せ持った施設と考えられている。ーーーーーーーーーーこの日は、岩手県に所在する3か所の城柵跡を回った。はじめに紫波郡矢巾町にある徳丹城跡、次に盛岡市の志波城古代公園に行った。志波城は、延暦22年(803年)征夷大将軍・坂上田村麻呂によって北上川と雫石川の合流地付近に造営された。陸奥国最北、つまり最前線の拠点だったが、短命だった。雫石川の氾濫による水害に遭い、城柵の機能は弘仁3年(812年)に造られた徳丹城へ移転された。ーーーーーーーーーー古代公園には、外郭南門、政庁の南門・西門・東門などが復元されていた。外郭南門の両脇には長い築地塀が連なり、櫓もあった。公園の西側を東北自動車道が通っている。途切れることなく、自動車の走行音が聞こえた。離れているので、騒音という程の音量ではなかったが、遠く、低く、唸るような音が公園中に響き渡っていた。永らく志波城跡は所在不明だった。1976年から東北自動車道建設に伴う発掘調査が行われ、築地塀などが見つかった。その後の調査で政庁や外郭南門が検出され、1984年に志波城跡として国の史跡指定を受けた。
陸奥国最北の蝦夷征討のための政庁跡。規模も多賀城と同じ規模で東北最大級。アテルイは胆沢の蝦夷頭領、こちら紫波はアヌシキという同時代を生きる蝦夷の頭領だったが、アテルイと異なり、朝廷への協力、帰属を願い出たという。しかしながら当地は度重なる水害に襲われ、また朝廷の平安京造営や蝦夷征討の費用など財政負担の厳しさから、ほどなく規模を縮小した徳丹城への移転を余儀なくされた。以降、東北地方の蝦夷統治は戦から同化・融和へ舵を切っていったという。縄文からの古い日本人のDNAを強く引いているであろう蝦夷が息づく地域。多賀城、堀田の柵、胆沢城柵、秋田城、そして徳丹城跡に紫波の城柵。蝦夷の人たちの考え方、生活、言葉などいろいろ知りたいことはたくさんある。
解放感のあるとても広々とした紫波城古代公園です。ガイダンス施設もあり駐車場もあって観光には助かりますね。また行きたいです。
坂上田村麻呂が陸奥国に築いた胆沢城と志波城に思いを馳せることができる場所水沢市の胆沢城は土塀の門があるくらいなのでこちらの方が当時のイメージを膨らませやすいと思う10年くらい前にNHKのドラマで大沢たかお主演で 阿弖流為(あてるい)のドラマが面白かったのをよく覚えている あれはたしか主に胆沢の方の話だったと思うが当時は大体こんな感じだったのだろうか蝦夷民の気持ちになって考えると「こんな城攻め落とせる感じが全くしない まったくもってムリゲー 朝廷恐るべし」と思いながら見学した東北道の盛岡南ICと盛岡ICの間を走行していると 東北道から近いので東側にまるまる見えます 無料ですし 広めの駐車場展示室や休憩スペース自販機等もありますので一区間降りて見学するのも良いでしょう。
ほーんのちょっとだけキングダムみたいな世界観wちょっとした散歩に最適です。お手洗いがなく、我慢の限界で即退散してしまいました😂
2024.3.22の訪問。志波城(しわじょう)古代公園は平安時代の古代城柵を復元整備した公園です。駐車場がある案内所には出土資料を展示した展示室・トイレ・休憩スペース・自動販売機などあります。
だいぶ痛みが激しく、中には倒壊の恐れのある櫓も散見される。おそらく、想像で作り上げていると思うが、なら盛岡城も作って欲しい。と感じた。
| 名前 |
志波城古代公園 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
019-658-1710 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.morioka.iwate.jp/shisetsu/bunka/kinenkan/1006834.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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平安時代に坂上田村麻呂が築城したと伝えられる陸奥国最北端・最大級の城柵跡、現在は公園として復元・整備されています。多賀城政庁に匹敵する規模であり、本城の役割の重要さを示しているようです。公園内はとても広く、外郭南門ほか様々な建物などが点在していて見ごたえがあります。案内所には出土品などが展示室され古代の歴史を学ぶことができます。入場無料、盛岡駅からバスと徒歩でのアクセスも可能です。