勝負と開運の清正公堂。
清正公堂の特徴
長者町の路地裏にひっそりと佇む、加藤清正を祀るお堂です。
開運の神様、清正公と呼ばれる加藤清正を信仰対象として広めています。
参拝は自由にでき、穏やかな気持ちになれる場所として人気です。
長者町清正公堂は、熊本発星山本妙寺から栄玉山常清寺に赴任した常清寺第十世不染院日亮上人(ふせんいんにちりょうしょうにん:熊本出身)(文化9年1812年寂)が、長者町にあった常清寺境内に開運の守護神として広く庶民の信仰の対象として広めようとし開堂、戦災により常清寺は南区清水ヶ丘に移転したものの、清正公堂は、長者町の初代吉田勘兵衛住宅跡に別院として建立したという。284
加藤清正を祀るせいしょこさまと熊本で今でも愛されるあの武人を祀っております。いわゆる日本版の関羽雲長みたいな感じか?元々長者町にあった常清寺の一郭に安置されてたそうだが移転することになれども住民たちの懇願でせいしょこさまのお堂だけこの地に安置されお寺だけが転居することに今でも勝負運に強い神様としてこの地に鎮座されておられる。ここを現在管理してるのは吉田興産か?このエリアが吉田勘兵衛の屋敷があったところなのでいろいろ調べるととてもおもしろいと思う。
加藤清正はこの地でなんかあったかなあ、、、、、と思いつつ、勝負強かったことから祭られている模様。
開運の神様と言い伝えれている清正公様(加藤清正)が祀られているそうです。お詣りしている人は滅多に見かけませんが、周辺はいつもきれいにされています。
最近、よくお参りしてます。自分の気持ちかと思いますが、、、叶う様な気がします。
街中にあり手入れがよくされた立派なお堂です。
勝負事、商い事に良い。5月の節句の頃にはイベントを行う。
参拝するととても穏やかな気持ちになります。何故か清正公の表情が毎回違うような気が。私だけかもしれません。
清正公とは、豊臣秀吉の家来として有名な加藤清正のことで、開運の守護神、勝負の神様として、広く庶民大衆の信仰を集めてきたそうです。吉田勘兵衛の子孫で吉田興産社長の吉田氏が土地を提供し、公堂を建設されました。ちなみにこのあたりは吉田勘兵衛の住居があったそうです。公堂の傍らには、病よけの「浄行菩薩」も設置されています。こちらは通称「洗い仏」として、浄行菩薩を洗い浄めながら一心に祈願することにより、自らの身体の煩悩や病をも滅していただけると言われています。また毎年5月4日・5日に行われる「五月大祭」には、運の強かった清正公にあやかって、人生の苦悩に打ち勝ち幸運に恵まれるよう「しょうぶ入り御勝守」が授与されます。次回はぜひ5月に伺ってみたいです。
| 名前 |
清正公堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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伊勢佐木町からほど近い清正公通りと呼ばれる飲食店街の近く、大岡川沿いにひっそりと佇んでいます。延宝4年(1676年)、吉田勘兵衛は新田の守護のために日蓮宗の栄玉山 常清寺を長者町に建立しました。その後、1700年代後半から1812年頃にかけて、一般の参拝者を広く集めるために熊本の妙法寺から加藤清正の分霊を勧請し、境内に清正公堂を開堂したのが始まりです。本尊が清水ケ丘に移った後も、長者町の住民や飲食店街の人々から「やはりこの地に清正公さまを残してほしい」という強い要望があり、平成10年かつての境内地に近い長者町9丁目の川沿いに清正公堂分院として再びお堂が建てられ、現在に至ります。長者町の清正公さまとして、勝負運や開運、病気平癒の神様として絶大な信仰を集めました。