三途の川の門番、姥子堂の歴史。
姥子堂の特徴
姥子堂は寛延3年に記録される歴史ある寺院です。
三途川の側に位置し、渡る前に立ち寄れる場所です。
脱衣婆や大日如来が祀られ、特別な雰囲気を感じられます。
国道沿いにあるお堂。駐車場なし。小型車なら堂前にギリギリ停めることができるが大型車は姥子堂を管理している宝勝寺にでも停めて歩いてきた方が良い。古文書によると閻魔山西光院本尊大日如来姥子堂が正式名称。本尊の大日如来と山号の由来となった閻魔大王はここに祀られていたのかそれとも別に西光院という寺があってそこに祀られていたのかよく分からない。姥子堂の由来となった奪衣婆はここに祀られている。すぐ隣の川は三途川で橋は三途橋。行基の命名という。
姥子堂(ウバコドウ)という一風変わった名称に気を取られ写真を撮ってしまいました。西側に三途川が流れ、閻魔大王、葬頭河婆など、庶民の中に宗教が浸透して行ったことが窺われ大変興味を惹かれました。下界に三途川があったなんて衝撃ですね。
甘楽町ホームページより転載姥子堂(ウバゴドウ)の建立年代は不明であるが、寛延3年(1750)の宝勝寺文書に、境内地は東西12間(21.6m)、南北6間半(11.7m)とあり、文政3年(1820)の同文書には、閻魔山西光院本尊大日如来姥子堂ありと記され、宝勝寺(真言宗)の隠居寺になっていた。冥土(あの世)に行く途中に三途川があって、死者は7日目に必ずこの川を渡るといわれ、その時、川のほとりにある衣領樹という樹の下に、奪衣婆(葬頭河婆ともいう)がいて、川を渡ってくる罪人の衣服をはいで、樹の上の懸衣翁にわたす。懸衣翁は衣服を樹の枝にかけて罪の軽重を計り、この結果を閻魔大王(死者の生前の罪悪を審判するという王)に送る役目をするという。当姥子堂は、この奪衣婆が祀られている。また堂境内地を聖塚といい、ここでは奪衣婆のことを「聖塚のばあさん」と呼んでいる。さらに堂の西側の川を三途川といい、閻魔・三途川・葬頭河婆と聖塚ばあさんなどの共通点が認められ、当時の人々に対する立体的な布教(宗教をひろめること)の表れと思われる。姥子堂は、三途川の名前とともに極めて少ない名称である。
脱衣婆が祀られる姥子堂と三途橋。
三途の川の門番をまつった建物。隣に三途川が流れてます。駐車場なし。
気軽に往来できる現生唯一の三途の川の側に有ります。
通りがかりの方が、謂われを話してくれました。お化粧をしたら、今まで怖かったおばあさんが優しくなったとか、不謹慎ながら、女を捨ててなかったのかと思ってしまいました。
三途川に掛かる三途橋。たもとには三途川で亡者の衣服を剥ぎ取ると言われる奪衣婆を祀る姥子堂。一度来てみたいと思っていたので満足。
三途の川の渡る場所❓川の渡る門番。
| 名前 |
姥子堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0274-64-8324 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.town.kanra.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/kanra/70.html |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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この近くにある宝勝寺所蔵の江戸前期の古文書に、載っているとのことだから歴史は相当古くて、そもそもは宝勝寺の隠居寺の閻魔山西光院(廃寺になっている)のお堂だったらしい。奪衣婆は、この世とあの世の境界を流れる三途の川のほとりで、いまや遅しと亡者を待ち構えていて、スッポンポンにしてしまうとても恐ろしい鬼婆と聞いていたので、へっぴり腰で格子付きのガラス戸越しに恐る恐る覗かせてもらったら、想像していたよりもずっと柔和な顔だったので、思わず全身から力が抜けてしまう。案内板あり。🅿️なし。2026/4/26