センター北の歴史を感じる杉山神社。
大棚・中川 杉山神社の特徴
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)様を祀る歴史ある神社です。
横浜市営地下鉄センター北駅から徒歩約5分の便利な立地。
春には桜が満開になり素敵な景観が楽しめます。
センター北駅より、徒歩5分圏内にある神社。年始は皆さん初詣で、賑わってます。是非、お参りください。
初めて訪れた街をぶらっと散策していた時に見つけ参拝しました。大きくはないが、落ち着いた佇まいの神社です。
この辺りに多く存在する杉山神社のひとつ。更に複数ある式内社の有力な候補でもある。数度の遷座を経て当地に至っている訳だが、この場所に来れたのは「勝ち組」と言える。雰囲気の良い場所だ。
初詣は駐車場が利用出来ませんよ。
一月7日センター南とセンター北の杉山神社参拝させていただきました。鳥居と祠(杉山神社と書かれた石碑)タオルとハンカチでそれぞれ」一時間半一生懸命拭きました。ハンカチとタオル4つ持っていきましたが真っ黒になりました。お正月は清楚にしないといけません。鳥居と祠を土埃で汚れているのは掃除していない証拠であり肝心の神様が泣いています。私は藤が丘の杉山神社も毎週参拝してますが鳥居の外の側溝いつもペットボトルゴミが散乱しています。いつも拾ってもってかえっています。2020年はポスティングの仕事でしたが帰りにいつも市ヶ尾と藤が丘の杉山神社に参拝していましたが毎週ごみが落ちているのを私が全部持って帰っています。東名下の市ヶ尾と藤が丘の杉山神社の参道もいつもごみが散乱していて私が全部持って帰っています。ドラゴンボールの悟空がドラえもんが超能力で消したのではない。杉山神社の神様に失礼であり泣いておられます。神主さんならそのくらいしてください。
旧武蔵国内、しかも鶴見川流域のみで多く信仰されている「杉山神社」の一社。杉山神社の歴史が古い事は当該神社のHPでも述べられているが江戸時代に編纂された「新編武蔵風土記稿」では武蔵国に七十二社あると記されている。現在では合祀なども含めても四十数社を残すのみとなってはいるが、それでもこの特異性は謎であり、さまざまな説が論じられている。平安時代の『延喜式神名帳』に載る神社を「式内社」と呼び、古くから存在する証となり、当該社もその「可能性」のある「式内論社」とされる。しかし、正式な社伝などが残されている訳では無い。(有力論社として他に三カ所の名があげられている)近年になってからも周辺の開発等により遷座を繰り返し、もともと祀られていた場所ではないし社殿も新しい。故に特に見るべきところはなく、普通に地元の神社として存在する様だ。拝殿越しにモザイクモールの観覧車が見えるなど、市街地ならではの景観を望める。
『続日本後紀』に記載されている武蔵国都筑郡枌山神、また『延喜式神名帳』武蔵国都筑郡 枌山神社に比定されている延喜式内論社。但し、枌山神社に比定するだけの有力な証拠が中世の戦乱などで遺されていないため、今に遺る杉山神社、または椙山神社のほとんどにその可能性が残されている状態だったりします。こちらはその中でも有力とされる4つの神社の中の一つ。昭和後期に区画整理事業の対象となりこちらへと移転しているため、境内にはそれほど趣きは感じられませんでしたが、大正生まれの狛犬がええ感じでしたねぇ。
初詣に参拝。センター北駅から徒歩数分。
ニュータウン内にありますが、建物は由緒正しい感じです。
| 名前 |
大棚・中川 杉山神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
045-941-3302 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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都筑郡式内社1座の杉山神社の論社。資料によると、ここ大棚杉山神社は、横浜市営地下鉄センター駅の近くに鎮座していて、高層住居が背後に迫る、都市型の神社です。当社は現在までに3度ほど遷座(転社)している。元々は大棚477番地の杉の森(龍福寺付近)に鎮座しており、1914年(大正3年)まで旧跡があった。1912年(明治45年)1月には中川町1084番地(大塚・歴博付近)に遷座したが、横浜市の六大事業の一つである「横浜国際港都建設事業・横浜北部新都市(港北ニュータウン)土地区画整理事業」による再開発のためその後も度々遷座している。1983年(昭和58年)11月30日には同町757番地の吾妻山山頂(元吾妻社跡地)に仮社殿を設け遷座した。さらに、1992年(平成4年)4月に新たな社地として同町1194番地(現:中川6-1-1)が仮換地指定され社殿が1994年(平成6年)9月に竣工、同年10月13日に祭神勧請および配神遷座式が執り行われ、翌1995年(平成7年)10月15日には鳥居や社務所などその他の建造物や植栽整備も完了し遷宮式典および落慶祝賀が執り行われている。なお、この遷座の際に当社に最も関わりがあるとされる和歌山県の伊太祁曽神社に赴いて五十猛命の霊璽を拝受しており、以来旧来の祭神である日本武尊と共に祀られている。とあります。御祭神は、五十猛神(スサノオの子)、日本武尊。