江戸時代の立派な山門、三宝寺で静かなひととき。
山門(三宝寺)の特徴
江戸時代の立派な山門が存在し、歴史を感じられます。
武蔵野三十三観音霊場三番札所として重要な場所です。
墓地内には大きなお釈迦様があり、見守ってくれています。
三宝寺の山門です。徳川三代将軍家光が狩猟の際、休憩所としていたので、御成門と呼ばれております。現在の御成門は1827年に再建され、1953年に修復されたもの。練馬区登録文化財となっています。
とてもいい所です、一度いってください。
彫刻がすごい。左右対の象🐘も牙が凛々しい。
久々の墓参り、伯母が永眠しています。
墓地内に大きなお釈迦様があり、見守って下さってます。優雅にして壮大です。
武蔵野三十三観音霊場三番札所の山門、御成門と長屋門です。
江戸時代の立派な山門。
三宝寺山門は、四脚門と呼ばれる形式のもので屋根は切妻造り銅板ぶきとなっています。こちらの山門は徳川家光が鷹狩りでお成りになったと伝わることから「御成門」とも呼ばれている。
三代・家光が鷹狩りの際に休憩したという話しを聞いたことがあり、御成門があると聞いていたんですが、この門がそれだったんですね。山門というのは本来は「三解脱門」と言うそうで、妬み、嫉みなどの三つの煩悩をこの門を潜ることで振り払い、修行の場である寺の中に持ち込ませないという意味があるんだそうです。それが長い間に略され「三門」になったが、三門は武家屋敷に使われている門(真ん中が大きく、その両脇に小さい出入り口がある門)のことなので、真言宗では本山である高野山の金剛峯寺を「山門」と呼ぶことから、それを使うようになったらしいですね。ただ、多少意味が違って、真言宗の寺では本山に倣って「寺」のことを山門と呼んだようですが、この名が他の宗派に広まると、そちらは「門」の名として使い出したそうです。
| 名前 |
山門(三宝寺) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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三宝寺の山門は「三宝寺誌」によると文政十年(1827年)に建築された可能性が高い山門です。一問一戸の四脚門で切妻造り銅板葺きの屋根を載せ、本柱二本の前後に上下を細くした円柱の控柱を四本設けている、左右に後補の袖塀を付けています。欅材を用いた素木であるがしっかりとした木割で、頭貫の獅子・象・獏の彫刻や虹梁など装飾性豊かな山門です。徳川幕府の将軍が度々三宝寺を鷹狩りの際に利用していたことから「御成門」と呼ばれています。