月見里城跡で感動のひととき。
天御中主神社(山梨妙見神社)の特徴
天御中主神社は月見里城跡内に位置する、歴史的な神社です。
土塁や空堀がハッキリ残り、中世千葉氏の館跡として魅力的です。
小じんまりとした境内は、住宅地や農地が混在した静かな環境です。
昭和二十二年頃、山梨川戸地区による当社東側農道工事の際、地下から大きな甕口を下にした状態で発見されました。この甕は、尾張国知多郡常滑 (現愛知県)で造られた「常滑焼」で、鎌倉時代から室町時代の製作と推定され、中近世の人々に様々な用途で使用されていたことがわかっています。当社は、北斗山金剛授寺尊光院(現千葉神社)の主祭神 「北辰妙見尊星王(妙見菩薩・明治元年神仏分離令後に天之御中主大神)」の分霊が祀られています。北極星・北斗七星が神格化した妙見菩薩は、平安時代後期 (十二世紀前半) から下総国を治めていた桓武平氏支流の「千葉氏・臼井氏」が、一族の守護神として代々崇敬していました。鎌倉時代中期 (十三世紀中頃)には、臼井氏の一族が「山無氏(山梨氏)」を称して、山梨地域を治めていました(『神代本千葉系図』)。その後、千葉氏宗家重臣として仕え、戦国時代中期 (十六世紀前半)には千葉氏当主・千葉介昌胤三男の政胤が、「月見里氏」を称して当城に居城したと伝わっています(後の江戸幕府野馬奉行綿貫氏・『四街道町史』)。当社は、戦国時代初期の明応元年 創建と伝わり、山梨氏月見里氏一族の氏社であったと考えられています。【現地案内板より抜粋】山梨城跡として立ち寄り。神社としては、極々身近なお社ですが、周囲の土塁や空堀は見事な物で、周辺の雰囲気と相まって、心湧き踊ります。
月見里城と言う城跡で土塁と空堀の一部が綺麗に残っている。千葉氏の妙見神社として保存されてます。この辺り一体は地形から数々の砦後があり戦国初期には賑わいを見せていたと思われます。
中世千葉氏一族の館跡。ほんの一部だけ、土塁と空堀が残っている。山のない里は月が見える、との語呂合わせから、月見里(やまなし)と読ませる、難読地名。
土塁と空堀がハッキリと残っていて感動的。当時の様子が偲ばれる。
天御中主神社千葉市中央区院内の千葉神社の前身である北斗山金剛授寺尊光院の御分霊をお祀りしたのでしょうか?
高台に位置し、神を奉っているのが立地でわかります。
ウォーキング中に見つけ、お参りしました。山梨氏の九曜紋に興味が湧きました。
| 名前 |
天御中主神社(山梨妙見神社) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0479-24-8707 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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