堀田氏ゆかりの静寂、佐倉七福神。
天台宗 安城山 甚大寺の特徴
佐倉七福神巡りの一環として訪れる価値がある寺院です。
静かな佇まいの中で、隣学校の音楽授業が心地良く響きます。
参道の坂道を登ることで、特別な参拝体験を楽しめます。
安城山不矜院甚大寺は、元和元年(一六一五)慈眼大師天海大僧正が、天台宗比叡山延暦寺の末寺として山形城下に建立された寺である。元禄十四年(一七〇一)に山形城主であった伊豆守正虎公(佐倉堀田家三代)が開基となり、当山十二世秀鏡法印が中興した。しかし、延亨三年(一七四六)堀田相模守正亮公(五代)が、佐倉城主として転封されるに際し、同年八月、現在の地に移したものである。安置されている本尊、十一面観世音菩薩(市指定文化財)は、 堀田正倫公(十代)の御念持仏で、わが国彫金界の泰斗である佐倉出身の津田信夫の作である。また、金毘羅尊は、堀田相模守正順公(六代)が天下泰平、万民豊楽を祈り、城内の守護仏として、四国象頭山より勧請したものである。現在、毎月十日は金毘羅尊の縁日として近隣町村からの参詣者を迎えている。大伽藍を容した旧本堂は、明治初期の大火で焼失したが、現在の本堂は阪東二十八番札所滑川龍正院の建物を昭和三十六年に移築したもので、享保十一年(一七二六)六月、当時下総の国を挙げて建立されたものである。境内奥には、堀田家累代の廟が静かにたたずんでいる。【現地案内板より抜粋】滑川龍正院の建物移築と言うのが驚きでした。駐車場ありますが、細い道なので、車を置いて城下巡り散策の方がおすすめです。
『安城山 不矜院 甚大寺』住所→〒285-0023 千葉県佐倉市新町78宗派︰天台宗御本尊︰十一面観世音菩薩御朱印:あり駐車場:なし備考:・創建年は元和元年(1615年)の頃で、『慈眼大師天海僧正』が山形の城下に創建した・山形城主の『伊豆守堀田正虎公』が開基となり元禄14年(1701年)に中興、堀田相模守正亮公の佐倉転封に際して、当寺も当地へ移転したとされている・かつては大伽藍として美しかった元々の本堂は明治初年に焼失してしまったが、昭和36年に滑川龍正院から移築したものを現在の本堂として扱われているらしい・ちなみに此方は、享保11年(1726年)に建てられたもので、此方も中々美しい・御本尊の『十一面観世音菩薩』像は、佐倉市指定の文化財となっており、堀田正倫公(十代)の御念持仏だとか・『佐倉七福神』の『毘沙門天』が祀られており、御本尊ではなく此方の御朱印も頂くこともできる・厳密には駐車場ではないみたいだが、お寺の中…本堂前あたりに恐らくはお寺の管理している方の車が駐められており、その隣なら駐めることができる・参拝した際には御住職が不在で御朱印を書き入れてはもらえなかったが、御婆様が対応してくれて書き置き式で良いならと言われ、そちらを頂くこととなった・物腰が柔らかく、優しそうな御方であった・令和6年12月1日(日)の15時36分頃に参拝させてもらった#寺社#天台宗#御朱印#結月大佐の御朱印さんぽ。
堀田氏ゆかりのお寺で境内には、佐倉七福神の「毘沙門天」があります。お祭りがありたまたま訪れたのですが出店が出ており、買い物を楽しんじゃいました。周辺は昔ながらの街道や建物などが立ち並びとっても風情のあるエリアなので、休日などにぶらり旅はいかがですか。
佐倉七福神巡り。甚大寺(毘沙門天)嶺南寺、宗圓寺からすぐ近く。
ここは良かったです。本堂でお経を読みまして、ゆっくりと祈願祈祷させてもらいました。祈り込まれている護摩と感じが僕には良かったです。
ここは良かったです。本堂でお経を読みまして、ゆっくりと祈願祈祷させてもらいました。祈り込まれている護摩と感じが僕には良かったです。
初めて参拝しました。なかなか歴史を感じます。
大聖院を後に向かったのが、1箇所に3寺が集中している場所。嶺南寺(れいなんじ)、宗圓寺(そうえんじ)は向かい合う形、その少し奥に甚大寺(じんだいじ)があります。●毘沙門天様安置場所:本堂右側※本堂内にも安置との事で、御開扉は1月1日~10日及び毎月10日七福神巡りの最後、御朱印を頂きに“甘味処いちおかさん”を訪問。御朱印の墨書き部分(名称等の部分)は印刷の品、そこに各寺社から預かっているという印を押してくれるとの事。いらないかな‥御朱印は購入せず、お店を後にしました。2021年11月吉日訪問。
佐倉を治めた大老や老中が眠ってます。
| 名前 |
天台宗 安城山 甚大寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
043-484-0003 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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R8.1.10参拝 直書きにて佐倉七福神毘沙門天、御本尊観音様の御朱印拝受。