歴史を感じる甘棠院。
甘棠院(古河公方館跡)の特徴
由緒ある500年以上の歴史を感じる寺院です。
足利政氏の隠居所としての風格が堪能できます。
久喜市の古河公方館跡に立つ立派な佇まいです。
埼玉県は久喜市に有ります「甘棠院」(かんとういん)です。こちら甘棠院は「古河公方足利政氏館跡」でも有ります。足利政氏は第2代古河公方で甘棠院は足利政氏により開かれた古刹です。甘棠院の創建は永正十六年(1519年)室町時代後期で、古河公方足利政氏の居館内に開かれたのが始まりだそうです。因みに足利政氏の父である足利成氏は、鎌倉公方時代の補佐役である、関東管領上杉氏と激しく争い、関東での戦国時代を開いた人物の1人です。(享徳の乱)政氏の父である成氏は、成氏の父である持氏同様に関東管領上杉氏と激しく争いました。そして政氏も祖父や父と同じ路線を引き継ぎ上杉氏と争う姿勢を見せ、武家の棟梁たる威厳と力を示そうとしましたが…その事で息子達と対立する事になってしまいました。その後古河公方を没落へと追い込む、これまた戦国時代を開いたとされる北条早雲こと伊勢盛時率いる後北条氏が関東で着々と台頭して来ました。そんな戦国時代初期(戦国時代前夜?)とも言うべき激動の時代を生きた武将の館跡です。甘棠院は自分が訪れた際は閉まっており中には入れませんでしたが…しかしながらこの辺り一帯が居館跡だったという事から、寺の表門と甘棠院の本堂の間には有事の際に居館を守る水堀跡も見て取れました。今は空堀となり草木に覆われていました。また境内には足利政氏の墓所も有る様です。*住職に言えば足利政氏墓所も見学出来る様です。参考まで。これより約140年続く辛く長い戦国時代の幕開け当時を想像しながら見学すると…感慨深いですね。是非にブラリと訪れてみて下さい。
埼玉県久喜市のJR宇都宮線 久喜駅から徒歩20分くらい、だいぶ駅からは離れた場所に古河公方館跡がある甘棠院があります。甘棠院は古河公方の二代目 足利政氏が1519年に開いた寺院です。政氏は自らの子息である足利高基との対立に破れ、現在の久喜市に移り住み、古河公方館を寺院として甘棠院と命名しました。寺院自体は臨済宗円覚寺派です。こちらの寺院ですが現在は中には常時入れる状態にはなっておらず、お墓領域には入れません。(昔は入れたようですが)。とにかくこちら、駅から徒歩で行くにはそこそこの距離があり、またちょっとややこしいですので、ナビを使って訪れてみて下さい。
由緒ある立派なお寺さんです。無知な私に親切にわかりやすく教えてくださり大変助かります。本当に感謝です。ご高齢の住職さんではありますが立派な後継者がいらっしゃいます。無礼な投稿をしておられる方がいらっしゃいますが決して廃寺なんかではありません。罰当たりな事を言うのはやめていただきたいですね。猫ちゃんたちもとても可愛くて和ませていただいています。ありがとうございます。
父のお墓があります。ずっと預かって頂いてありがたい限りです。久々にお墓参りをしたら、お寺の猫ちゃんがお出迎えしてくれました。すぐお腹を見せてくれる人懐っこい猫ちゃんです。
500年以上続く由緒ある寺です。檀家としてお世話になってますが高齢の住職も良い人だし、ちゃんと後継者はいますよ。廃寺なんかではありません。檀家の者なら知ってる事ですので部外者にとやかく言われたくないですね。また檀家だけが知ってればいい情報も載せる必要は無いかと。普段、門は閉めてるようですが声をかければ中も見学させてくれます。花祭りもコロナ前までは演芸もしてました。
由緒正しいお寺さんです。が、現在住職がご高齢のため法要等は、別のお寺さんから派遣されて行うことが出来ます。しかも、曜日が限られていて第1.3土曜と第2.4の日曜日しかお受け出来ないそうです。
久喜の中でも歴史を感じる場所です。境内は広く、空堀も現存しています。
久喜の中心部に立派な佇まいを残すお寺です。お寺の方にはとても親切にしていただきました。
とても管理が行き届いて、きれいなお寺ですよ👌
| 名前 |
甘棠院(古河公方館跡) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0480-23-1678 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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先日 49日法要を行ないましたかけもちで 忙しい住職さん ありがとうございます お疲れ様でしたお寺はお世辞にもキレイとは言えないので もう少し 埃とからクモの巣 払ってもらえるとよいです お手伝いのかた忙しいですか?外にトイレ お線香に火をつける 風よけ付いたバーナー 賛成です。