八丁堀の桜川公園で癒される。
桜川公園の特徴
中央区立桜川公園は桜の木が数多く、花見ランチにも最適です。
八丁堀駅からすぐアクセスしやすい便利な立地の公園です。
トイレや水飲み場、遊具が整備されていて家族連れにも嬉しいです。
同心屋敷が多かった八丁堀。桜川公園がその跡地である。ドヤ街でもないのに寝そべってベンチを占拠する人が多いのはなぜだろうか。
八丁堀駅すぐの公園遊具もあり子供もたくさん遊んでいました。目の前には図書館もあるので、じっとしてるのが苦手な子は公園で、ゆっくりしたい子は図書館でと使い分けもできて良さそうな場所です。トイレも右奥にあり。
八丁堀駅のA2出口に直結しています。遊具が比較的多く、休日の昼間は家族連れが多かったです。ベンチも多くあり、休憩スポットとしても利用できます。
2025年3月25日訪問。これからの“お花見🌸”の頃に来たいものですが?この日はつぼみがちょっことありました。さあ春がやって来ます。
八丁堀駅からすぐのところにある公園です。都心のオフィス街近くの公園としてはスペースも広くブランコや滑り台など遊具も充実しています。公園入口付近に公衆トイレもあるのでありがたいです。ベンチの数も多く時間帯や座るベンチの位置によってはうまく木陰になるので、冬場だと寒いそうですが夏場でも日差しを避けて外でのランチにも良さそうです。近くに八丁堀駅以外に大きな施設もないのでちょっとひと息つきたいときにちょうどいいです。休日の昼間には親子連れの集まる憩いの場になっています。
八丁堀の出口から歩いてすぐの場所にある。道沿いと公園内にベンチの数が多く、木陰になっているので昼夜問わず人が多い。特に朝と夕方以降の通勤時間には人の行き交う波が多い。公園の中に通路が一本通っており駅を出てからこの通路を通って奥の道に抜けていく人がとても多い印象。子供向け遊具も一通り揃っている。砂場、アスレチック、鉄棒、ブランコ、ボール遊びができる広場などなど。
地下鉄八丁堀駅を出てすぐの場所にありました。幅の広い細長い公園で都心にありながら大きな樹木のある公園でした。ここは元は八丁堀という堀があって船が通っていたそうですがそこを埋めて公園にしたそうです。公園入り口には輪切りになった石のオブジェがあって暗くなったら光っていました。駅に近いせいか多くの人が利用されていました。夕方は会社帰りのサラリーマンが割合多くいて一息ついていました。奥には健康のこみちという足ツボ刺激施設もありました。
桜も咲き、子どもの遊具も充実していて、とても良い公園です。心無い人のゴミの置き去り、それに鳩が群がっていることが玉に瑕。
道路側の「中ノ橋北東児童遊園」の後ろに緑豊か「中央区立桜川公園」へと広く続きます。
| 名前 |
桜川公園 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.chuo.lg.jp/sisetugaido/koento/kouen_hiroba_ichiran.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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江戸時代の八丁堀の跡地の一部が桜川公園です。●歌川広重に描かれた八丁堀●歌川広重の江戸名所百景、78景に鉄砲洲稲荷橋湊神社があります。現在の新川方面から西側を見た図で、左側に湊神社、現在の鉄砲洲稲荷神社が見えます。鉄砲洲稲荷は江戸初期には、上記名所百景に描かれているように稲荷橋南詰にありました。江戸湊の入り口として人々の信仰を集めます。その後明治元年(1868年)、現在の位置に移転し今に至ります。中央にかかる橋が稲荷橋で、稲荷橋が架かる、奥に続く堀が八丁堀です。●八丁堀の地名の由来●八丁堀の地名の由来はまさに、江戸時代に築かれた八丁堀にあります。八丁堀はその長さである八町(約872メートル)に由来します。現在の地図では、京橋ジャンクションから桜橋第二ポンプ場までの直線が八丁堀跡ですが、その距離は700メートルほどです。残りの100メートルあまりの距離はどこから来ているのでしょうか。鈴木理生氏は著書「江戸はこうして作られた」の中で八丁堀の八町を舟入水路の長さであるとしています。武州豊嶋郡江戸庄図を見ると八丁堀の水路の先に二本の突出があるのがわかります。●武州豊嶋郡江戸庄図に描かれた八丁堀●この突出から八丁堀水路を合わせた部分を八丁堀舟入と呼び、この長さが八町ほどであったことから八丁堀としているという説です。鈴木氏は上記著書の中で、この舟入が作られた理由を江戸防備の為としています。堤防により江戸湊への船の侵入経路をこの八丁堀に限定することで江戸の守りを固めました。八丁堀はその後、1972年に埋め立てられ、ポンプ場、桜川公園にその痕跡を残します。また、稲荷橋は今も欄干のみがポツンと歩道に残されてします。●残された稲荷橋の欄干●東京に残された江戸時代に由来する地名この記事で紹介した以外にも、東京には江戸時代に由来する地名が多く残されています。