伊豆大島と鎌倉を一望。
冷泉為相墓の特徴
浄光明寺の裏手に位置し、静寂な山道を進む探訪が楽しめます。
冷泉為相の宝篋印塔からは、材木座海岸が美しく一望できます。
藤原定家の孫である冷泉為相の歴史を感じられる重要な史跡です。
浄光明寺の裏手から細い山道を7,8分ほど進むとたどり着けます。山道は険しいので気をつけてお越しください。
冷泉為相は、藤原定家の孫です。裏山の一番上にあります。足元に気をつけて!
伊豆大島が見える。
冷泉為相(れいぜいためすけ )の宝篋印塔からは、鎌倉の街並みの先の材木座海岸まで見えました。参考…弘長三~嘉暦三(1263-1328) 号:藤谷(とうこく)黄門藤原為家の息子。母は阿仏尼。初名、為輔。為氏・為教・為子(後嵯峨院大納言典侍)ほかの弟。為守の同母兄。右兵衛督為成・権中納言為秀・久良親王母の父。冷泉家の祖。…
| 名前 |
冷泉為相墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0467-22-1359 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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浄光明寺山門から客殿脇の道を進み、一段上がると仏殿があります。仏殿の後ろの険しい山道を登ると網引地蔵があり、さらに、その脇の石段を上がると冷泉為相の宝篋印塔がありました。山門から、ずいぶん高い位置まで登りますが、ここからの眺めは素晴らしく、由比ヶ浜や大島まで一望できました。島がすぐ近くに見えたので、本当に大島なのか、あとでお寺の方に尋ねると、いつもは靄ってなかなか見えず、運がいいですねと言われました。案内板によれば、「冷泉為相は藤原定家の孫で、母は「十六夜日記」の作者阿仏尼である。為相は歌学連歌の造詣が深く、歌風は広く世に知られている。永仁三年(一二九五) 鎌倉に下り、嘉暦三年(一三二八) この地に没した。この宝篋印塔は相輪が欠けているが、南北朝ごろの形式をよく伝えている。なお、玉垣は徳川(水戸)光圀が寄進したものである」とのことです。冷泉為相は土地相続トラブルのため、母阿仏尼と鎌倉へ下リ、幕府の裁許を仰いだそうです。こうしたなか、為相は執権北条貞時主催の歌会に出席するなど関東の要人と親しくなり、武士達に和歌連歌を教授、鎌倉歌壇の指導者として活躍したそうです。最後には支援者であった北条氏所縁の浄光明寺境内に墓所が造られたとのことです。冷泉為相の墓の裏側には木戸がありますが、お寺の方の話では、この先に重要文化財の石造五輪塔「覚賢塔」があり、毎年4月、鎌倉まつりの期間中のみ木戸が開かれるとのことでした。是非、見に来て欲しいとのこと、また一つ楽しみが増えました。