金王八幡宮の神秘、金王丸の誕生。
金王丸御影堂の特徴
澁谷重家夫妻が祈願し、金王丸が誕生した歴史的なお堂です。
金王八幡宮の境内にある金王丸の木像は見逃せない存在です。
声が良くなるとの評判、境内での唱和が魅力的なスポットです。
御祭神は渋谷金王丸常光とあり、渋谷氏や源義朝・源頼朝との関わり、保元の乱や平治の乱にまつわる由緒が記されていました。現在の渋谷のにぎやかな印象とは違い、この土地の古い歴史に触れられる点が印象的でした。境内を参拝する際には、あわせて見ておきたい場所です。
2026年3月上旬に訪問。金王八幡宮の境内に祀られてます。屋根がセリ出た造りで、小さめながらも力強さが感じる造りのお堂でした。
金王八幡宮の境内の端の方にある御影堂。
祭神:澁谷金王丸常光平安末期、澁谷重家夫妻が金王八幡宮に授児祈願を続けたところ、八幡神の霊夢により永治元年(1141)8月15日に金王丸が誕生した云われが残っている。
祭神:澁谷金王丸常光平安末期、澁谷重家夫妻が金王八幡宮に授児祈願を続けたところ、八幡神の霊夢により永治元年(1141)8月15日に金王丸が誕生した云われが残っている。
夢のない話だが、史実では金王丸の実在は確認されていない。それ故に土佐坊昌俊と同一人物とは言えないようである。小さな社殿だが、独特な屋根の形と立派な扁額は印象的である。八幡宮の名前は金王丸が由来なので、ある意味、核といえる場所である。
一の鳥居から境内に入り右手にある小さなお堂。
平安末期、澁谷重家夫妻が当八幡宮に授児祈願を続けたところ、八幡神の霊夢により永治元年8月15日に金王丸が誕生しました。金王丸は17歳で保元の乱に出陣、平治の乱ののち出家し、土佐坊昌俊と称し義朝の御霊を弔いました。また、頼朝とも親交が深く、鎌倉開幕にも尽力。義経追討の命を受け、文治元年、義経の館に討ち入り勇ましい最期を遂げました。この御影堂には、保元の乱出陣の折、自分の姿を彫刻し母に遺したという木像が納められています。更に金王丸が所持していた「毒蛇長太刀」も当八幡宮に保存されているそうです。
御開帳とかあるのでしょうか。金王丸の彫刻が納められてるそうです。
| 名前 |
金王丸御影堂 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3丁目5−12 金王八幡宮 |
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金王丸御影堂(こんのうまる みえいどう)文治元(1185)年の義経追討時に落命した澁谷金王丸常光公が御祭神。