格式高い皇族の墓、静寂の中で。
一乗院宮墓地(尊覚法親王墓・真敬法親王墓)の特徴
奈良公園内の静かな場所に隠れた陵墓がある場所です。
宮内庁によって管理されている貴重な史跡です。
豊臣秀長の墓も位置する歴史深い一乗院です。
明治に廃された興福寺別当一乗院門跡(本坊は地裁の場所)の墓地に残された35世尊覚親王(後陽成天皇第十皇子)と36世真敬親王(後水尾天皇第十六皇子)の墓(柵に囲まれた二基の五輪塔)両者とも親王宣下の後に得度しているので入道親王と呼ぶのが正しいのかも(陵墓地形図集成では単に親王)なお右側にある五輪塔が豊臣秀長の墓と言われているが詳細は不明(有名なのは大和郡山の大納言塚)
人の多い奈良公園内でもあまり人が通らない場所にある陵墓です。後陽成天皇皇子 尊覺法親王後水尾天皇皇子 真敬法親王以上2人が眠っています。尚、法親王とは、出家した後に親王宣下(親王か内親王に就くこと)を受けた男性皇族を指す言葉です。墓地内に石の柵で囲われた石塔が2基あり、それらが皇族のそれというのは分かりますが、4枚目の写真に写っている柵に囲われていない石塔3基の詳細は分かりませんでした。
宮内庁の管理になっています。
豊臣秀長の墓があります。
一乗院とは …(Wikipediaより)興福寺の塔頭の中でも門跡が入る院家の一つで、大乗院とともに門主は興福寺別当をつとめた(延暦寺における青蓮院に該当する)。
尊覚親王墓・真敬親王墓。
| 名前 |
一乗院宮墓地(尊覚法親王墓・真敬法親王墓) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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一乗院は興福寺にあった塔頭の一つで大乗院とともに僧職を兼務し交代で当番して寺務を統括していました両院とも摂関家の子弟が務めていましたが江戸時代に入り一乗院は皇子や皇族が入寺するようになり より一層格式が高くなりました明治の廃仏毀釈により廃絶 かつては現・奈良地方裁判所の地にあったという事です尊覚親王(1608〜1661)後陽成天皇と女御 近衛前子(このえさきこ)の第10皇子 1618年得度 真敬親王の師石柵内向かって右🙏真敬親王(1649〜1706)後水尾天皇と女御 櫛笥隆子(くしげたかこ)の第16皇子 1659年得度 東大寺大仏殿前の大香炉を寄進 3度目の大仏開眼供養(1692)供養導師を勤める石柵内向かって左🙏人の気配は無いものの鹿さん達が見守っていました☺️☺️