松尾芭蕉の別れの句碑へ。
松尾芭蕉句碑の特徴
芭蕉が大阪で亡くなる年に詠まれた句碑があります。
俳聖・松尾芭蕉の足跡をしるした貴重な史跡です。
京浜急行八丁畷駅近く、旧東海道沿いに位置しています。
観光名所ではありませんが、松尾芭蕉翁に関心のある者としては、見過ごすことのできない句碑が立っています。1694年の五月に芭蕉翁は江戸から伊賀に向かいます。その折の門人友人達との別れの句麦の穂をたよりにつかむ別れかなが書かれています。
芭蕉が江戸を出発する際に門弟たちとの別れを惜しんで詠んだ句が刻まれています。 「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」
八丁畷駅から東海道を北側に行くと八丁畷バス停近くに、芭蕉が川崎宿に立ち寄った際に門弟たちとの惜別の思いを詠んだ句「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」の句碑がある。
「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」松尾芭蕉が江戸から郷里伊賀へ旅立つ時、この地に見送りに来た門弟との別れの際に詠んだ句。文政13(1830)年に芭蕉をしのび建立された句碑。芭蕉が句を詠んだ地に建てられた句碑は貴重だそうです。
松尾芭蕉が江戸から大阪に行く途中に立ち寄って一句詠んだとのこと。麦の穂をたよりにつかむ別れかなこういう、生活動線の中にある歴史を感じるスポット、いいですよね。聞いてください。実は私、今日健康診断だったんです。問診票に「20歳の時より10キロ以上体重が増えていますか?」って質問があって、それに「はい」って書きたくないので、1週間食事制限と運動してたんです。えぇ、悪あがきです。そして今日、1週間苦労しての健康診断だったんです。結果は問題なかったんです。体重も20歳の時より7キロプラスくらいでした。健康診断も終わったんで、二郎系ラーメン行ったんです。俺の生きる道 関内マリナード店豚一枚 300g 1050円。久しぶりのラーメンだったんでとんでもないくらいに美味くて、もうバチっときまってしまいました。ただ、食べ終わった後の満足度とともに、なんか後悔がすごいんですよ。1週間制限して、健康診断で体重キープして、終わってから食べる二郎系って、俺何やってるんだろうかなーって。それで反省の意味も込めて、いつもより長く歩こうと思って鶴見駅からトボトボ歩いていました。そこで一句。二郎系 食べて懺悔 家路かな。
芭蕉さんの別れの句の碑が奉られています。すぐ傍には京急が走っていますが風情がありますね♪
芭蕉が大阪で亡くなる年の5月に、東京を出立して、いざ別れという心情を読んだという。麦の穂を便りにつかむ別れかないかにも足腰の不安を抱えた芭蕉は、旧知の友人や後輩に別れを惜しまれつつさよなら〜って別れたんだと思う名句だ。
踏み切り待ちをしているとき、ふと気になったので車を降りてみました。松尾芭蕉さんに関する物だそうです。興味深かったのは、ポストが設置してあり、そこに自作した俳句を投函できるような仕組みになっていた事です。もしかしたら俳句同好会に一時期とはいえ所属していた私はここに呼ばれたのかもしれません。車を降りて良かったです。紙とペンを取りに車へ戻りました。車内で一句。投函してみましたが、どなたかに見ていただけているのでしょうか。京急線開かずの踏み切り事故ののもと。
2022.11.20この人は本当にいろんな場所に行っていて、旅先で良く出会う。一度彼が巡った地を回ってみるのも楽しいかもしれない。「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」江戸を離れる際にこの地で門弟を前に詠った句だそうだ。5か月後に大坂で亡くなるので、もう会えないことを分かっていたのだろう。
| 名前 |
松尾芭蕉句碑 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
044-200-3305 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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東海道の歩き旅の途中に立ち寄りました。元禄7年(1694年)に芭蕉が江戸から故郷・伊賀へ帰る際、見送りに来た弟子たちとの別れを惜しんで詠んだ句が刻まれています。