歴史とともに息づく、鏡神社の朱色⛩️
南都鏡神社の特徴
新薬師寺の隣に鎮座する、小さな鏡神社です。
春日大社から譲渡された貴重な本殿が特徴です。
御祭神には天照皇大神と藤原広嗣が祀られています。
祭神の一柱である藤原広嗣は藤原四兄弟 宇合(うまかい)の長男 737年疫病の流行により四兄弟は次々と死去 その頃 唐から帰国していた玄ぼう・吉備真備は聖武天皇の信頼を得 橘諸兄が右大臣として政権を握ると政治に参与広嗣は中央政界から外され九州へ左遷 その後玄ぼう・吉備真備の専横を非難し挙兵するも敗れて肥前松浦郡にて斬刑(740年)のち 橘諸兄に取って代わり藤原仲麻呂が権力を持つと広嗣と同じく玄ぼう・吉備真備は共に九州へ左遷 玄ぼうは筑紫観世音寺別当へ赴任 翌年没した(746年) 吉備真備は広嗣の怨霊を鎮める為 肥前松浦宮(のち空海により鏡神社と改称)に二ノ宮を創建(750年)前置きが長くなりましたが😅😅その怨霊思想が元となり 玄ぼうの弟子である報恩が玄ぼう開山の清水寺(現・福智院:奈良市福智院町)に広嗣の霊を松浦宮から勧請したのが創祀とされ 806年広嗣の屋敷跡とも遣唐使の祈祷所とも伝わる現在地に遷座 新たに新薬師寺の鎮守社となり 明治の神仏分離により独立 現代に至ります代々 春日大社の社殿を下賜されておられるようです又 一つ歴史を勉強させて頂きました その歴史と歴史が繋がれば これが 又々楽しい😃ありがとうございました 南都鏡神社様🙏
新薬師寺のすぐ近くの神社で入場は無料です。色々な神様が祀られています。地域の方が清掃をされており、地域に根付いた神社だと感じました。
新薬師寺の隣の神社、藤原広嗣公・天照皇大神・地主神を祭神とする。参詣の人少なく静かな境内でした。2024年10月09日。
新薬師寺の隣にある神社⛩️です。お賽銭の横に無人の朱印があります。
朱色のお社が綺麗なお宮さま。それもそのはず、春日大社の遷宮の際、第三殿が移築されたとの事。お詣りさせて頂けありがっ様です。
新薬師寺の隣にある小さな神社です。鏡神社本殿は春日大社の旧本殿で当初の部材がよく残っているそうです。小さいながら見応えありな神社です(´∀`)
場所は新薬師寺のすぐ横ですのでアクセスは新薬師寺同様あまり良いとは言えません。JR奈良駅からバスに乗り破石町バス停で下車。そこから歩くこと割とたくさんという感じでようやく到着します。薬師寺の南門のすぐ横にあります。806年(大同元年)に新薬師寺の鎮守として創建されたという歴史があるようです。本殿は春日大社の本殿を移築したものらしく当時の部材もよく残っているのだとか。なかなか由緒正しい神社ですね。
新薬師寺のお隣🍀とても気持ちの良い神社です⛩前回は貰えなかった御朱印今回は頂きました♪
新薬師寺のすぐ横にあります。こじんまりとした神社です。
| 名前 |
南都鏡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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奈良市高畑町にある神社で、新薬師寺の鎮守として806年に創建されています。祭神は天照皇大神と藤原広嗣公で、特に本殿は1746年に春日大社から下賜されたものです。春日大社が20年に一度の式年造替(しきねんぞうたい)の際に、建て替えられた古い社殿を移築したのです。春日移しと呼ばれていて、春日大社と関係の深い神社で再利用されています。奈良市の文化財に指定されています。ご利益としては、開運招福、学業成就、家内安全などがあります。鳥居の東側には比売神社があり、十市皇女が祭られています。主祭神の一人である藤原広嗣公は、740年に僧玄昉らを排除しようとして謀反の疑いをかけられ、大宰府で討たれました。その後、広嗣公の怨霊が現れたため、その霊を鎮めるために肥前国(現在の佐賀県唐津市)の鏡神社から神を勧請し、祀ったのが始まりとされています。現在地は、広嗣公の邸宅跡とも伝えられています。