伊藤博文が祀る七賢堂。
七賢堂の特徴
七賢堂には、明治維新の賢人が祀られており、歴史的価値があります。
大磯滄浪閣から移設された貴重な建物が残されています。
扁額の文字は佐藤栄作元首相が揮毫した特別なものです。
大磯城山公園の旧吉田茂邸地区を散策中、「七賢堂」にも立ち寄りました🚶♂️➡️✨。吉田茂像と同じく、こちらも園内で見逃せない歴史的なスポットです!⛩️ 【静寂に包まれた荘厳な佇まい】豊かな緑と竹林に囲まれた中に、ひっそりと、しかし確かな存在感を持って建っています。木の温もりと歴史を感じる立派なお堂で、正面に掲げられた金色で「七賢堂」と書かれた扁額がとても美しく、思わず目を奪われました😳✨。🌿 【和の心を感じる神聖な空間】手前にある趣深い竹垣や、周囲の青々とした木々との調和が見事で、この場所だけとても静かで神聖な空気が漂っているように感じます。旧吉田茂邸の美しいお庭を散策しながら、日本の歴史と和の心に静かに触れられる素晴らしい場所です🍵。大磯城山公園を訪れた際は、ぜひ銅像やお庭と合わせて、こちらの七賢堂の厳かな雰囲気も味わってみてください🙏✨。
こちらのお堂には、岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允・伊藤博文・西園寺公望・吉田茂の7人が祀られています。現代の政治家でこちらに祀られるような偉人は現れるのでしょうか⁉️
♪︎明治36年 大磯「滄浪閣」に創建、昭和35年に此処に移設。
立て看板に歴史が書いてあります。へーほーはーでした。
昭和の時代に日本国に貢献してくれた賢人が祀られています。
吉田邸内にある、明治から昭和にかけた活躍した人たちをが祀られて建てられたもの。最初は伊藤博文の自邸「滄浪閣」に四賢堂(岩倉具視、大久保利通、三条実美、木戸孝允)だったそうです。その後、伊藤博文が祀られ、昭和35年にここに移され西園寺公望、吉田茂本人が祀られ七賢堂に。明治以降の日本史に出てくる名が連なっているのがすごさを感じさせてくれます。きっと、日本史好きにはたまらないかも。ただし、さほど日本史に興味のない自分には、かわいい作りといったのが正直な感想。個人の力で作れるのは、このくらいなのかもしれませんね。
吉田邸が火事で消失した為当時を知る貴重な建物です。
その昔は賢人を3人祀っていたので三賢堂だったそうです。祀っている賢人が7人まで増えたので、七賢堂。そのうち賢人の合祀追加で名前が変わるかも(笑)
大磯城山公園の旧吉田邸公園の敷地内にある。駐車場もあるが有料である。敷地内にはトイレや飲料の自動販売機などはある。喫煙場所もあるが、吸い殻は持ち帰りとなっている。隣接する国道を挟んだ公園と一緒に回るのが良いかと思う。ゆったり回れば半日は過ごせる広さである。特に名所的なスポットはないが、穏やかな日に回れば穏やかなひとときを過ごせるような感じがする場所である。あちこちに説明書きの看板もたっており、それを読みながら回ると理解も深める事ができる。
| 名前 |
七賢堂 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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吉田邸内にある七賢堂は、元は明治36年(1903年)に伊藤博文によって岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允を祀った四賢堂として自身の邸宅「滄浪閣」に建てたもの。伊藤の死後、婦人により伊藤博文が加えられ5人が祀られ、「五賢堂」となった。昭和35年(1960年)に吉田茂邸に移築され、昭和37年(1962年)に吉田茂が西園寺公望を合祀、吉田茂の死後、昭和43年(1968年)に佐藤栄作によって吉田茂が合祀され、「七賢堂」となったという。焼失を免れた貴重な建物。平成31年国の登録有形文化財に指定された。