武田勝頼公の思いを紡ぐ韮崎。
涙の森の特徴
武田勝頼公が見た韮崎の町を眺める特別な場所です。
歴々の夫人や子供たちの足跡を感じられる歴史的スポット。
歌碑と石仏が隠れた魅力を持つ小さな史跡です。
武田勝頼公が見た韮崎の町を眺めることができます。住宅地の中にありますが看板があり、駐車場も整備されているので訪ねやすいです。道路はやはり地元の方が飛ばすのでやや注意です。駐車場がゴミステーション兼になっています。
勝頼が好きなので、韮崎に来ると必ず立ち寄り、思いを馳せています。
武田勝頼好きならぜひ。
「なみだの森」「信長公記」によると、歴々の夫人や子供たちは踏みなれない山道を裸足で歩き、足は紅に染まり、落ち人の哀れさ、見ていられなかった。と記されている。「三河後風土記」では、習ってもいない馬に乗り出立……。「信長公記」には、武田一門親類の夫人、付き人の中で馬に乗ったものは20人を過ぎなかった。……と記されていますので、勝頼夫人らは馬で移動したと思われる。
ちょっとした所ですが、歌碑と石仏がいっぱいあります。ここで 勝頼の奥方が 焼け落ちる新府城を見て涙したって言われています。
織田を迎え撃つ為につくった新府城でしたが、戦うことなく自ら火を放って撤退を余儀なくされた武田勝頼。この地で燃え上がる炎を見て涙したという伝説地。武田勝頼夫人の詠んだ詩の碑があります。
「なみだの森」 「信長公記」によると、 歴々の夫人や子供たちは踏みなれない山道を裸足で歩き、足は紅に染まり、落ち人の哀れさ、見ていられなかった。と記されている。 「三河後風土記」では、習ってもいない馬に乗り出立……。 「信長公記」には、 武田一門親類の夫人、付き人の中で馬に乗ったものは20人を過ぎなかった。……と記されていますので、勝頼夫人らは馬で移動したと思われる。
勝頼一行になりきって新府城から徒歩で行きましたが車の往来が多いうえ歩道無しの道を猛スピードで走るので危険です。伝承通りにここから新府城を眺めようにもハウスや宅地に遮られ見えません。史実通りに1日でさらに大善寺まで歩く気力もなくなりました。乗馬したつもりで自転車移動が無難。史跡は見落としそうなほど小さく整備もなされていませんでした。地蔵尊は頭部があったりなかったりで不気味。景徳院と同じなのか単なるイタズラなのか。
| 名前 |
涙の森 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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武田勝頼公の落ち延びルートの1つです。新府城から落ち延びる際に、北条夫人がここで燃える新府城を見て涙を流したとの逸話があります。混乱の最中に夫人が乗る輿の担ぎ手も逃亡しており、仕方なく馬に粗末な鞍を敷いて夫人を乗せたそうです。また、兵士よりも女性の方が多く、その女性たちも徒歩で急いだため足は血で染まったと甲乱記に記載があります。現状を憂いて夫人は、うつつには おもほえかたき このところあたにさめぬる はるのよのゆめと詠んだそうで、その石碑が建立されていました。きらびやかな入城から2ヶ月後の現状までの落差が現実とは思えず、まるで春の夜の夢のようだという意味が込められているそうです。広場にその他にも大小たくさんの石碑が建立されていますが、石碑の文字が薄れていたり説明板などが無かったりで、大半の石碑は詳細が不明でした。近くに駐車場がありますが、韮崎駅から徒歩だと30分程度かかります。