天之御中主神を感じる、魅力の神社。
石座神社の特徴
三柱の天之御中主神を祀る数少ない神社で、特別な場所です。
新城市文化財指定の木造神馬が境内にあり、一見の価値があります。
神社全体が癒しの空間で、凛とした静寂に包まれています。
新城市大宮地区にある神社ですすぐ近くに新東名高速の高架道路が通っています御祭神は天之御中主尊、天稚彦命です天之御中主尊は最初に出現した神、天の中心に存在して支配する神の意と天稚彦命は日本神話に登場する神、穀物神として祀られています長篠設楽原決戦の際に織田信長、徳川家康が戦勝祈願した神社と伝わります無人の神社ですが、本殿参拝するところに石座神社の神々たちと説明が書いてある紙がご自由にお取りくださいとあるので、参考にできます堂々とどっしりとして、静かで力強さを感じられる神社でした。
冬の雨の日でしたが、それもまた良し。天之御中主神さまにお参りしたくて、寄らせて頂きました。穂の国ではここまで大きくお祀りされているお宮さまはないご様子です。万物創世の神さまとして有名ですが、女性一人でお参りされる方も居られ、その御神徳が大きい事を感じました。当然ですが、摂社・末社も多く、弓道場もあります。村の護国神社も大切にお祀りされていました。大スギのご神木も真っ直ぐで見事です。是非お詣り下さい。
天之御中主神さまにお詣りしたくて寄らせて頂きました。日頃の感謝をお伝えでき、良いお詣りができました。近在の花花も綺麗でした。
弓道場が隣接されていた。拝殿の横の壁に金的中の楯が立て掛けてあった。多分、真ん中の的に当てた人のものだ。どれだけの経験で達成する事が可能なのでしょう?‼️
万物の根源を示すといわれる三柱、天之御中主神(あめのみなかぬしのみこと)を祀る数少ない神社だそうです。
神社全体が素敵な空間で癒されます。
凛とした静寂に包まれています。西側の路側に車を停めることができました。
天之御中主神(あまのみなかぬしのみこと)をお祀りしているお宮を探して行ってみた。東三河にはここしかない?いわくらじんじゃと読む。天祖神を祀っているお宮だけあって多くの神さまをお祀りしていて、別宮、末社も多く点在している。すっきりしていて、すごく雰囲気のいいお宮だ。近くの石座石(石座神社神籬)にも廻ろうとしたが、車では行けず断念。
近場で、天之御中主尊アメノミナカヌシ様の神社を探したところ、こちらの石座神社がヒットしたので行ってみました^ ^「いわくらじんじゃ。」と読む。もう一つの御祭神は、天稚彦命アメノワカヒコノミコト。日本神話に登場する穀物神らしいです。
| 名前 |
石座神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
石座神社(いわくらじんじゃ)。愛知県新城市大宮字狐塚。式内社(小)、旧県社。主祭神:天御中主命 市木島比賣大神 大山祇神 素盞嗚尊 天稚彦命 伊弉册命 倉稻魂命資料によると、創祀年代は不詳。大宝3年(703)国家的な奉齋に預かつた。『文徳実録』『三代実録』などの国史に神階授与の記事があり、『日本総国風土記』には、「石坐神社、圭田四十六束五宇田、所祭天雅彦也、大寶三年癸亥九月、始奉圭田行神事」とある。往古に社殿が存在したと伝えられる雁峯山の磐座への原始信仰が、当社成立の母体であつたことは明らかであろう。石座神社の本殿敷地の北東隅に「石座石」(大宮の石座石)がある。雁峰山中腹の「石座石」(須長の石座石)と比較すると遙かに小さい。いつ頃か、石座神社が現在の大宮の地に遷座されたことに伴い石座石も山から一緒に降りてきたものと考えられる。大宮の石座石は小さいため、須長の石座石の一部であるのか、山中の石座石が所在する周辺地で下におろすことができる手ごろな石を(神域から?)持ち出したものが大宮の石座石としたものなのかは不明。しかし、地元の人が現在でも石座石をお祀りしており、大宮の石座石は祭礼日が天候不順であったりとか、須長の山中の石座石まで行けそうもないときは大宮で代参するということである。弥生時代後期〜古墳時代前期に最盛期を迎えたとされております。社名からも分かるよう、古神道における磐座信仰いわくらしんこう(岩に対する自然崇拝)の社やしろで、奥の院には巨石が祀られており、新城市の有形民俗文化財に指定されております。もともとの御祭神は、天稚彦命(あめわかひこ)ともいわれております。万物の根源を示すといわれる、出雲に関わる神が三柱、天之御中主神を祀る、数少ない神社です。また、境内にある、新城市文化財指定の「木造神馬」は、1700年頃に作られた木造漆塗りで、毎晩抜け出して田畑を食い荒らすので、格子造りこうしづくりの馬小屋の中に隔離したという伝説が残っています。この馬は最初は白い馬でしたが、格子造りの馬小屋の中に入れて黒く塗られてしまったそうです。その後は田畑に出てこなくなったといいます。そんな伝説が残る神馬は、体高105cm、体長150cmの大きなもので、空道和尚の作と伝えられています。とあります。